月別アーカイブ: 2010年8月

世界一周リポート1 ~船内生活~

<留学中の3年中嶋千尋からの報告>

 

私は、82日から、ピースボートというNGO主催の世界一周船の旅に参加しています。寄港地は18カ国で、80日間かけて、世界を一周します。参加者は約千人で、下は2歳、上は96歳というとても幅広い世代の人たちが80日間を同じ船の上で過ごしています。今回はおもに船の上での生活を紹介したいと思います。

この船では、水先案内人として、様々な著名人が乗ってきて、講演会をしてくれます。世界中を旅した伊藤千尋さん、自由人高橋歩さん、マジシャン原大樹さん、ベトナムからミードゥアンさん、インドからセバスチャン・デバラジさん、心トレ(心のコミュニケーション)西田広次さん、市民メディアアドバイザー下村健一さん、フリージャーナリスト池上彰さんなど、とても豪華な顔ぶれで、大学の講義のようなとてもためになるレクチャーをしていただいています。そして、彼らは一般の乗客と同じように過ごしておられるので、食事をご一緒させてもらって、そこで個人的にお話ができたり、希望者は水先案内人パートナーとして、講演のお手伝いをして交流を深めることができたりします。

他では、参加者が先生となる自主企画もあります。ミュージカル、ダンス、太鼓、バンド、ヨガなど、様々な企画があり、自分を磨ける機会となっています。

異世代交流としては、食事の時間や、企画などを通して、年配の方と話せる機会がたくさんあるので、積極的に話しかけていけば、和が広がります。この前は散歩の途中で、出会った方と2時間ほど語りこんでしまいました。人生の先輩として、ありがたい言葉をいただく場面も何度もあります。

クルーの人たちとも仲良くなりました。クルーは様々な国から来ており、レストランやバー、部屋のベッドメーキングの時などに英語で会話するので、勉強になるし、同じ部屋の子で英語がとても上手な人がいるので、とても刺激になります。

 

次回はこれまでに行った寄港地の中から、何カ国か紹介しようと思います。

   

カンボジアでインターンシップ中【学生報告】

<海外インターンシップの丹羽俊策(3年)からの報告>

 先週20日に、カンボジアのプノンペンに入り、王立大学の敷地内にあります、カンボジア日本人材開発センター(CJCC)にて、2週間のインターンシップをさせていただいております。

 昨年の2月、フィールドワーク1の授業として、カンボジアに滞在しましたが、約1年半ぶりの首都プノンペンで、街の様子の変化に少しだけ驚かされています。なかでも29日の日曜日に訪れた、「セントラルマーケット」はすごく印象に残る物でした。カンボジアの人々の生活感がぎっしり詰まった、プノンペンを代表する市場なのですが、昨年とは様子が変わり、しっかりとしたコンクリートの地面に適度な間隔のスペースが設けられ、さまざまな所に近代化が進められていました。他にも、プノンペンによく見られる雑居ビルには、新しいお店が次々と入っていたり、高層ビルやショッピングモールの建設も進んでいます。

 そんな中、CJCCではおよそ3つの事業を中心にカンボジアでの人材開発を進めています。以下活動記録です。

 21()・・・大西さんより国際協力の業界についてのお話を頂く。

              午後は、清水さんと合流して、3人でプノンペン市内散策。

 

22()・・・大西さんと清水さんと3人でプノンペンから北へ1時間行った、ウドンへ遺跡見学

 

23()・・・朝7時から清水さんと、CJCCスタッフダンさんとプノンペンの伝統工芸品を

              作成している団体のRihabスタッフの方と、プルサトへ作品の収集へ向かう。

              夜はビジネスコースの講義準備。

 

24()・・・今回清水さんが中心となってされている、「イノベーティブ・ハンディクラフト」の

              パンフレット作成。主に写真撮影を担当。午後は清水さん、ダンさんと共、

              プノンペン市内のGolden Silk Villageへプロジェクトの打ち合わせへ同行

 

25()27()・・・パンフレットの写真撮影と、画像ファイルの仕分け、圧縮作業、

             英文作成助手の作業を行う。

 

28()・・・CJCC休み

 

29()・・・1人で市内を回る。(キリング・フィールド、ソリア、王宮、セントラルマーケット)

 

<イノベーティブ・ハンディクラフトプロジェクトについて>

カンボジアの伝統工芸品の作成技術を継承しつつ、新たなデザインを提案し、さらなる発展を促すプロジェクト。今回、JICA専門家として招かれている清水さんが、すべての作品をデザイン。その図面に従い、カンボジアの伝統工芸品を専門とするプロダクターが作品を制作。作品は、シルクを使った、バッグ、ペンケース、クッション入れから石彫、木彫、silver製品などさまざま。

 自分が作品の写真を撮影。ファイルの仕分けを行い、清水さんと大西さんがメールにて、清水さんの東京のデザイン事務所へデータを送信。その作業を今週は主に行う。朝8時にpick upがあり、夜は19時頃CJCCを出ます。移動は、車やバイタクの使用が禁止されているので、大西さん、清水さんと共にCJCCが委託している車で移動しております。今まではCJCCでの回線もしくは、滞在先付近のカフェでインターネットをアクセスしていましたが、昨晩より自分の部屋でwifiが使用できるようになったので、今後は主に滞在先よりの更新になります。

 

 

フィリピンでのボランティア様子【国際福祉開発学部2年濱口】

<フィリピン大学教員からフィリピンの孤児院にボランティアをしに行った2年生の濱口翔についての報告メール>

 

Professor Rosalie Quilicol

Coordinator, DSW Field Instruction Program

フィリピン大学 社会福祉・地域開発学部

 

Based on what Sho shared with us and what I have gathered from Ms. Mely Vargas (Administrator of White Cross) when I called to inquire about Sho, he had a great time at doing volunteer work with them, part of which was assisting in the dormitories and in attending to groups who also rendered volunteer work at White Cross. As expected, Sho was afforded the Filipino hospitality. He stayed in an air-conditioned room on his own so he can have his privacy. Inside the same room, was a refrigerator full of food (as White Cross has so many donors, be it food or non-food items).

 

Pao was so kind to fetch Sho from White Cross and have him stay with them in their place in Paranaque City beginning August 21. Pao also took two days leave of absence from work just so he could accompany Sho around in going to the malls (Greenhills) and in UP for an interaction with the members of UP Tomo Kai. The evening before he left for Japan, i.e. August 24, we (myself, Thelma and Pao) went out with him for dinner and coffee.

From CANADA5 【留学中の様子】

<個人留学中の森川 祐介(3年)からの報告>

Hi, how are you all doing?

I’ve been here for 5 months. I am getting used to Vancouver’s weather.  As summer is finishing in Vancouver it is getting colder. Recently I’ve been hearing “go back school” often, meaning that schools are starting and students are going back soon. A good thing is that many stores have sales for students. Consequently, I can buy things cheaper such as clothes, shoes, notebooks and so on. 

Anyway, last weekend I went to Victoria. Victoria is located in Vancouver Island which is 90 minutes far from the Vancouver main island by BC ferry. There are a lot of islands between the main island and Vancouver Island. Thus, you can enjoy scenery from a deck of the ferry. It was amazing!!

After the ferry, I walked around downtown of Victoria. I saw the parliament building and Empress Hotel which had a British-like atmosphere. They were designed by a British architect.

The next day, I went to Craigdarroch Castle. It was also British. When you go inside, you can feel it. The interior decorations were very luxurious. You may forget you are in Canada.

After that I went to Butchart Garden. Mr. Butchart whose wife created the garden was a miner. They really liked traveling and places they went to such as Japan and Italy are reflected in the garden. Now this garden is owned by a third generation Butchart. It was just beautiful. It was the biggest garden that I have ever gone to. Can you imagine when you stand up in the middle of a thousand of flowers in bloom? You can feel the sweet smell and see bees collecting honey.

I had a very nice time in Victoria. I like it there!!

私達もIRONMAN

沖田一成Erick 学事課(国際福祉開発学部担当)

今日は学生と日本で初めて開催されるトライアサロン国際大会のボランティア説明会に参加しました。

ホームページより(http://ironman703.jp/)「2010年9月19日、日本で初開催となる「IRONMAN70.3セントレア常滑ジャパン」が愛知県常滑市で開催。広々と景観豊かな常滑市と周辺地域をレースの舞台とし、エキスポ、アワードパーティーは中部国際空港セントレア内で開催。スイム、バイク、ランの3種目中に視線が空へも拡がる、世界にも類を見ないアイアンマンレース。」

本学部を中心に様々な学部から16名が集まり、「国際ボランティア」との団体名でランニングコースのエイドステーションやウェルカムパーティーの外国人をサポートするなどの手伝いをすることになりました。

楽しみですね!ボランティアの登録をしていなくても、当日大会に来て一緒に知多半島をもりあげましょう!

 

From MALAYSIA 4 【中期留学中の様子】

<マレーシア中期留学中の国際福祉開発学部3年の井久保勇馬からの報告> 

On July 17th, there was an Bon Odori Festival in Penang. There were a lot of people who were wearing Yukata or Happi. Some people were wearing abnormal Yukata. They were like cosplay. There were so many stalls such as octopus fritters, scooping goldfish, water balloon fishing, and Asahi beer and so on. There was even Japanese ghost house. It had a long line of people waiting for their turns. Of course, there were performances such as Soranbushi and Japanese drum. They were performed by Penang Japanese Association, students of Japanese school and so on. Finally, there was fire work displays. I thought that Malaysian Bon Odori Festival was a little bit different from Japanese one. Still I could feel Japan. I was glad to go to Bon Odori Festival in Malaysia.

From LAOS ラオス便り4【千頭】

国際福祉開発学部 教授 千頭 聡

 

 皆様、こんにちは。千頭聡@国際福祉開発です。ラオス便り4をお届けします。

 土曜日に戻ってきたルアンパバンの街は、ユネスコの世界文化遺産に登録されて以降、観光客が毎年増えてきています。街の中央を貫くサッカリン通り沿いには、観光客を相手にした旅行代理店やレストランがずらっと立ち並び、ここはどこ?と思うほど、外国人(我々ももちろんそうですが)が行きかっています。彼らが落とすお金が地元経済を大いに潤し、あちこちでゲストハウスの建設が進められています。かつては、雨期は観光客の数もやや少なかったのですが、最近は、乾期に劣らず、大勢の観光客が、ルアンパバンの名前に引かれて、この街にやってきています。

 この街を最初に訪れたのは、約20年前の1991年のことでした。当時、ルアンパバンにいる外国人は、EUのマイクロプロジェクト、スウェーデン海外援助庁(SIDA)、国際稲作研究所(IRRI)に働く、数人だけ。ルアンパバンを訪れるたびに、彼らの事務所を訪ね、ラオスの未来について議論したことをよく覚えています。当日は、乾期には電気が来るのは夜の数時間だけ。明かりが点くのを今か今かと待ちわび、水浴びをしました。そのわずか10年後には、世界文化遺産に指定され、街は劇的に変貌を遂げ始めました。

 今でも、この街にはゆったりとした時間が流れています。街の人々のやさしさやホスピタリティにも心を癒されます。あちこちに点在する寺院は、ルアンパバン様式の美しい佇まいを今に伝えています。でも、少し異様なくらいに増えた観光客によって、街の雰囲気は微妙に変化し始めています。時の流れが、その街の歴史や文化にしっかり根付いたものであれば、何の問題もないでしょう。

 長らく、この街を拠点として調査を続けてきました。これからも、この街を拠点に調査をすることにはなりそうです。今しばらく、この街のときの流れを見守って行きたいと思います。

 

From LAOS ラオス便り3【千頭】

国際福祉開発学部 教授 千頭 聡

 

 皆様、こんにちは。千頭聡@国際福祉開発です。一昨日夕方、北部のンゴイ郡から無事学生と共に、ルアンパバンに帰ってきました。訪れていた村は、プーティップン村。モン族の村です。昔、モン族の人々は、新しい村の位置を決めるときに、山の精霊たちが自分たちを悪霊から守ってくれるかどうかをまず占います。占いの方法はいくつかあるようですが、たとえば、大きな木の幹に、蜂の巣をくっつけて、それがきちんと貼りついているかどうかで占ったりもします。この村の名前の由来は、蜂の巣を貼り付けた木がある山の名前なのです。100年以上前の彼らの祖先の占いは見事に的中しました。この地に村が出来て以来、精霊は、第2次世界大戦やベトナム戦争など、世界の厳しい激流からも村人を守り続け、穏やかな生活を見守ってくれています。

 そんな大切な占いを行うので祈祷師です。モン語では、ウアネンといいます。村にはなんと8人もの祈祷師がいます。祈祷師は、黒い衣服で全身をまとい、精霊の声なき声(?!)に従いながら、一日中踊り続け、病気の村人の快復を占います。悪霊の身代わりとなるものは、軽い病気の時は桑の葉、少し重い病気の時はニワトリ、とても深刻な状態ならば豚です。やっぱり、悪霊もなかなか現世のご利益から抜け出せないようです。そこで、質問です。質問1 村人はいつ祈祷師に占ってもらうのでしょうか?答えは、病院に行ってもよくならない時に占ってもらったら、病気がよくなったこともあります。でも、祈祷師が占っても病状が快復しないときは、次善の策(?)として、街の病院まで行くこともあるそうです。なかなか、現代にマッチしていますね。では、質問2 祈祷師はどうやって祈祷師になるか? その答えは、ぜひ、今回の調査に同行している学生、俊作君のレポートに期待してください。

From LAOS ラオス便り2【千頭】

国際福祉開発学部 教授 千頭 聡

 

 みなさん、こんにちは。千頭聡@国際福祉開発です。ラオス便り2をお届けします。

昨日(10日)ルアンパバンを離れ、約150km北東に離れた、ノンキアウ村に到着しました。ここは、村の中心をウー川が流れ、周囲を石灰岩の巨岩に囲まれた不思議な場所です。時折、川を行き来する船の音や行きかう車の音がする以外には、とても静かです。昨日から5日間滞在するのは、サンセットゲストハウス。初めてここに滞在したのはもう10年以上前になります。オーナーは、以前は首都ヴィエンチャンで英語とフランス語の通訳をしていましたが、ある時、これらの生活はもっと自然が豊かな田舎がいいと思いたち、はるばる数百キロも離れたこの地に、移住してきたそうです。この村は、ベトナムに通じる道の途中でもあり、週に数回、はるかベトナム国境に近い街サムヌアに行くバスが通過していきます。数年前に電気がくるようになって、ゲストハウスも徐々に増え、外国人旅行客の数も少しずつ増えてきました。

 村のはずれの巨大な石灰岩の岸壁の中腹に、広い洞窟があります。1970年代、ベトナム戦争の頃、ラオスも、アメリカの支援を受けた右派と、旧北ベトナムの支援を受けた左派との対立が激化し、内戦状態に陥っていました。その頃、ルアンパバン県でも、右派、左派(パトートラオ)二つの県知事が存在しました。左派は、アメリカ軍の攻撃を避けるため、この洞窟を県知事の執務場所として決めたのです。知事以下、多くの人々がこの洞窟に避難しながら、執務を執り行い、生活を送っていました。昼間はアメリカ軍の攻撃がひどかったため、夜になると洞窟から下におり、畑仕事をしていましたが、そのうち、それがアメリカ側に知れわたり、焼夷弾が投下されて、多くの人々がケガをしたそうです。ラオスを旅していると、あちこちで、ベトナム戦争時代の爪あとがひっそりと横たわっているのに出会い、歴史の残酷さを痛感させられることがあります。

 でも、革命からすでに35年、冷戦もとっくに終わり、世界の新しい流れの中で、ラオスにはラオスのゆったりとした時間が流れています。ここ、ノンキアウの街に滞在するたびに、穏やかな時間の流れと、その裏にある歴史の真実とを、どう重ねて理解すればいいか、やや戸惑いながら、それでものんびりとした時間に心を癒されています。