日別アーカイブ: 2011 年 6 月 19 日

マレーシア研修を振り返って

2010年度マレーシア研修を振り返って 

国際福祉開発学部教授 張 淑梅

 

2010年度マレーシア国際フィールドワークは、2011212日から227日にかけて無事に実施されました。本学のマレーシア研修プログラムは、10年ほど前から経済学部を中心に、マレーシアのペナン島にあるマレーシア科学大学(USM)の協力の下で、スタートしたという経緯があります。その後、本学国際センターによる全学的な実施となり、3年ほど前から国際福祉開発学部が中心に実施されるようになったのです。現地の状況の変化や実施担当学部(部署)の変更などの事情により、毎年プログラムの中身は少なからず変化がありました。今年度も、過去のプログラムに鑑みながら、以下の目的に基づいて、プログラムの充実を図りました。

マレーシア研修の狙いは、まず何より多民族の文化を共存させながら、経済を発展させていく社会のあり方を、現地の大学の講義や企業・施設の見学、そして現地の人々との交流を通じて、本学の学生に見聞してもらうことであると考えます。

本学にはいくつかの国でのフィールドワークがあります。それぞれの主な目的として、オーストラリアについては「ホームステイを中心とした英語学習」、カンボジアについては「小学校やNGOなどの機関を訪問し、途上国の教育システムや援助のあり方を学ぶこと」、フィリピンについては「貧困問題やコミュニティ開発のあり方の学習」、インドについては「ICT人材の育て方と福祉開発を学ぶこと」などが挙げられます。それに対して、マレーシア研修は現地の様々な企業を見学できるため、企業経営を学ぶ機会になりえます。ただし、これまでのプログラムでは、どちらかといえば日系企業の見学を中心としてきました。しかし、中国系マレーシア企業がマレーシアの経済において支配的な役割を果たしているという事実、そしてペナンが観光リゾート地として有名であるだけでなく、すでに多国籍企業の重要な拠点となっていることも、学生たちに知ってもらいたいと考えました。そのため、今回のプログラムには、次のようなことも取り入れてほしいとの希望をUSM(Universiti Sains Malaysia) に伝えました。たとえば、企業見学には中国系企業の見学を含めるように、また現地の大学の講義には、マレーシア経済・産業の特徴やペナンの代表的な企業、さらにグローバルな人材の育成方法などを学べるような内容にしてほしいという希望です。こうして、国際福祉開発学部の人材育成という観点から今年度のプログラムをさらに充実すべく、先方との交渉・調整を図りました。

また、他の国での研修と同様に、今回の研修も大きく「事前学習→現地での研修活動→事後学習・報告」、という3つのステップから構成されます。言うまでもなく、研修活動の主役は参加する学生たちです。本研修において、最初の段階から、次の「3つのこと」が重要であると学生たちに伝えました。すなわち、①研修先を知るために、まず相手国について「調べること」、②次に調べたことを皆で共有できるようにプレゼンを通じて「伝えること」、③そして、伝えるために話そうとする内容を「まとめること」、です。この「3つのこと」は事前学習だけでなく、すべての研修の段階において重要であると学生に強調してきました。

 

(1)事前学習

 今回のマレーシア研修の参加者は10名です。そして引率者としての自分を含めて、全員が初参加でした。そのため、マレーシアの歴史、経済発展の現状、宗教などについて、本学の専門教員による講義、日本にいるマレーシア人留学生の紹介、本学のマレーシア中・長期留学の経験者・先輩によるアドバイスなどを受ける時間を、事前学習の中に設けました。それと同時に、学生たちにマレーシアの社会について調べるだけでなく、日本の社会や文化などについてマレーシア現地の学生たちに英語で説明できるように、プレゼンの練習を何度か行いました。(プレゼンの内容については、本報告書に掲載してある第一回プレゼン用パワーポイント・データを参照してください)。

 

(2)プログラム実施のプロセス

2週間の研修プログラムは総じて言えば順調に進みました。研修プログラムは、ペナン史跡の視察;USMの教員による講義;企業や施設の見学;現地の人々(ホストファミリーやUSM学生たち)との交流;活動の振り返りと共有のための発表会などから構成されています。まさに異文化を五感で味わおうというプログラムでした。

 現地での講義はUSM所属の各学部の専門教員によって行われました。いずれの講義も、マレーシアの歴史、多様な宗教、経済発展と政策、そしてペナンの産業と企業を理解するうえで、きわめて有意義なものでした。

次に、企業見学は、マレーシアの代表的な企業であるBoon Siew Group、マレーシア生産性会社(MPC)、ペナン消費者協会(CAP)、そして日系企業のジャスコ、の4社で行いました。ここで特筆したいのは、今回初めて研修プログラムに組み入れたBoon Siew Group 社での見学のことです。(正確には、Boon Siew Group の子会社に当たるオリエンタル・ホールディングス(Oriental Holdings Bhd. 以下、OHB)の見学です)。
 実際、ペナンにはインテルやモトローラのような大企業ばかりではなく、家族経営のような中小企業が多数あります。Boon Siew Groupはペナンにおいて最も成功した代表的な企業の1つです。同社は中国系移民によって創られた企業ですが、創業期に本田の二輪バイクの輸入(現在自動車の輸入も)で会社の経営基盤をつくり、その後、不動産業、椰子のプランテーションに事業を展開し、さらにホテルやリゾート、そして近年には医療分野にまで事業を拡大しています。創業者のTan Sri Loh Boon Siew(劉文秀氏)は「マレーシアのミスター・ホンダ」と呼ばれるほど、本田宗一郎氏の経営の考え方を信奉し、積極的に日本的経営を導入・実践していました。実際、本田もBoon Siew Group社との強い信頼関係のもと、2008年に合弁会社Boon Siew Honda Sdn. Bhd. (文秀ホンダ有限公司)を設立しています。この会社の設立により、本田は、マレーシアでの二輪車の生産と販売機能を集約し、さらなる効率化を目指しているそうです。

このように、Boon Siew Groupでの見学は、学生たちが起業家精神、日本企業がマレーシア企業の経営に与える影響、さらに経営における提携戦略の重要性などを学ぶいい機会となったと思います。ちなみに、会社見学の当日に、OHBの社長も説明会に出席し、丁寧にいろいろとこちらの質問に答えてくださいました。また、軽食や飲み物なども提供してくださいました。ぜひ次年度も同社を見学させていただけるよう、USM国際センターの担当者にお願いしました。

NPO組織である「マレーシア生産性会社(MPC)」を見学した際、日本企業の5S(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)に代表されるような生産性向上、品質管理の手法や、チーム作りの手法などを紹介してくれました。また、チーム・ビルディングのための施設を見学させてもらい大変興味深かったです。

福祉関連施設の見学は、障害者支援施設のSt. Nicolas’ Homeと、ACS(Asia Community Service)がスポンサーとなった知的障害者の作業所であるStepping Stone Support Center for Community Livingの2ヶ所において行われました。St. Nicolas’ Homeへの訪問では、目の不自由な人たちは無料で何度でもここに来て種々の技能研修を受けることができることから、マレーシア政府の障害者に対する手厚い援助のあり方をうかがうことができます。そして、知的障害者作業所では、障害者たち自身が働くことにより、彼(彼女)らに経済的にも自立してもらおうとしています。こうした取り組みによって、学生たちに「支援と自立」の意味を改めて考えさせることができました。さらに、そこで長年働いている日本人女性であるUtumiさんの陽気で頼もしい姿、そしてその背後には多くの日本企業が寄付などを通じて支援の手を差し伸べていることについて知り、学生たちにとって自分の将来のキャリアについて考える1つのきっかけとなったと感じました。

 

(3)事後学習・報告

日本に帰ってからの一ヶ月間、ほぼ毎週研修メンバーが集まり報告書の作成に励んでいました。日誌のまとめ、個人レポートの作成と添削作業を通じて、研修への反省を深めるだけでなく、レポートの作成の仕方を学ぶ良い機会となりました。また、来年入学してくる後輩たちにこの研修の成果をどのように伝えるべきかを考える時間ともなりました。多くの学生たちは研修後、自分の考え方や物の見方が変わりつつあることを実感しているようです。

引率者として、今回の研修の反省点について、以下のような点を挙げることができると考えます。まず、事前学習において、相手国の文化、習慣、宗教など社会一般を学習すると同時に、自分の国の社会や文化を英語で外国人に紹介し、説明できるように準備しておくことも重要であると思います。しかし、一年生の学生たちに、相手国の政治、経済などのような専門知識を理解・習得してもらうには、時間的にも限界を感じました。次に、現地での学習において、学生たちの英語レベルが、とりわけ専門用語において、まだ全般的に高くないため、現地での英語通訳が必須であると考えます。幸い日本の他の大学から現地に留学している優秀な学部生や大学院生がいるので、今回USM側に事前に要請した結果、配備してくれました。また、学生たちに講義内容や企業・施設の実情について理解してもらうために、当日振り返りの時間(reflection time)を設けて、学習内容の相互確認を行う作業も重要な役割を果たすことと考えます。そのためには課題に応じてワークショップやReflection Sessionの時間をプログラムの中に作っておくことも重要だと思います。実際、このような学習時間は学生たちにチームワーク・協力の重要性を改めて認識させることにつながります。

次に、今回の研修で学んだ結果とその意義について次の3点を書いておきます。

   今後の学習に向けての問題意識を発見すること

今回の研修は、マレーシアの産業発展を通じて、アジアの国々の間の相互依存関係を認識し、東南アジアの経済発展を研究するための1つの入り口を提供してくれるものと考えられます。その背景として、これまでのマレーシアの経済成長を支えてきた経済発展政策(たとえば、「ルック・イースト」)や、日本の影響、そして近年の中国経済の台頭などが挙げられます。中国のマレーシア経済への影響を考えると、今後マレーシアと中国本土との関係が一層強まることになるだろうと、USMの教授が繰り返し強調されました。

 しかしながら、「ブミプトラ(土地の子)」と自称するマレー人、移民ないしその後裔である華人およびインド人から構成される多民族国家(multi-racial nation)であるマレーシアは、一見民族の衝突を克服し平和的に共存しているように見えますが、実際には現在も、依然として多くの点で差別が存在していることも事実です。1971年から実施された「ブミプトラ政策」は、貧困の撲滅と民族間や地域間の経済格差の縮小を目標としたものですが、大学進学や公務員採用枠におけるマレー人への数々の優遇策がよく指摘されます。経済発展と公平な福祉政策のあり方などは、本学部の学生にとって今後大いに考えるべき研究課題となりそうです。

    コミュニケーション能力を高めるための前提としての物事への積極的なかかわり方、世界をもっと理解し、世界ともっと関わりたいという意識の向上。

研修前の印象として、学生たちの中に何かのイベント参加に際して、傍観者の態度で臨んでいた人が少なからずいたように感じていました。しかし、現地での研修活動に伴って、学生たちはUSMの学生たちの積極的、精力的な関わり方に大いに感心させられたようです。

学生たちは現地のUSMの学生たちとの対面的な交流だけでなく、Facebookなどのアドレスを交換しデジタル・ツールでの交流も早速始めました。こうした外国人の同世代とのネットワーク形成は、自分たちの英語学習を促進するだけでなく、より広い視野でそして多角的・相対的に物事を見る能力を養うことにつながると思います。

   日本における学習のモチベーションの向上

マレーシアの学生たちは国語のマレー語以外に、必ず英語に加えて自分の民族の言葉を習得し、3ヶ国語以上の言葉を流暢に話せるのが当たり前なのです。学生たちはこのようなことを知り、自分の英語力、そしてコミュニケーション力を一層磨いていきたいと、大いに刺激を受けました。

 研修プログラムの閉講式では、今年のプログラム全体のまとめ役であるFarah Binti Manさんが、プレゼンを行った何人かの学生に対して、次のような質問を投げかけました: 「あなたはまたマレーシアに来たいですか?」「USMの研修プログラムを利用し、短期留学してくる気持ちがありますか?」 こうした質問に対する学生たちの確かな返事から、私は本研修の成果はこれからも必ずや活かされるであろうと信じています。

 

最後に、現地のUSM国際センターのスタッフ・学生たちの協力、本学の海外研修プログラムに長年携わってきた沖田さん、そして松岡さんの心強いバックアップ、引率職員担当の高橋さんの終始細やかな気配り、そして現地で時折出る引率者の中国語での呼びかけにも、嫌な顔をせずに努力してくれた学生たちの姿勢に、深く感謝の意を表したいと思います。