“友人の物語”をとおして民族・国家を考える~「異文化理解」の取り組み

“友人の物語”をとおして民族・国家を考える~「異文化理解」の取り組み

 

国際福祉開発学部教員 小國和子

 

国際福祉開発学部の一年生むけ科目のひとつに、「異文化理解」があります。「異文化理解」では、「他者の文化について学ぶことで、自己を再発見しよう、そして多文化共生について考えよう」を共通ゴールとして、家族、ジェンダー、宗教など、毎回さまざまなテーマについて、日本の「あたりまえ」について少し離れて見直す目を養っています。

先月は「エスニシティ:民族と国家」というテーマで、国際福祉開発学部2年生の学生二人が、自らの民族的、文化的ルーツについて等身大のファミリーヒストリーを語ってくれ、それに導かれるように、多くの学生が率直な意見を聴かせてくれました。以下にいくつかの感想を紹介します。

日本では、なかなか「多民族国家ニッポン」の現実と可能性についてオープンに語りあえる機会がありません。その結果でしょうか、学生たちの多くは、「民族・国家」というテーマに対しての関心が比較的低く、あまり身近なものと感じられないようです。そこで本科目では、身近な友人のルーツを皆で学ぶことからはじめてみることにしました。こうした取り組みを通じて、これからますます理解が求められる、「世界の中の日本」について、ひとりひとりが責任ある意見を持てるようになってほしいと思います。

 

【感想~二人のお話を聞いて~】   

 

 本日、二人の講演を聴き、二人とも、「フィリピン」、「ペルー」のアイデンティティというものではなく、「自分自身のアイデンティティ」をもっている、と感じた。

 日本に来て「日本人らしい」と言われるように変化してきた部分もあるとのことだったが、それでも母国を愛する気持ちが十分に伝わってきた。自分はペルー人、フィリピン人だ、という思いと、日本で生活していく上で外国籍であることの不便さは、本人たちをとても悩ませていると感じたが、「パスポートを取っても(二十歳を過ぎると日本の国籍が取れる)私は変わらない。日本人風のペルー人、ペルー人風の日本人」というデミの言葉を聴いて、デミはデミなんだなと思った。

 ついつい人を見た目で「何人」と判断してしまうと思うが、実は身近にいる、日本人だと思っている人でも見た目が日本人っぽい顔なだけで「外国人」かもしれない、日本語を話せないかもしれない。今までは考えられていなかったことが、二人の話を聴いて考えられるようになり、視野が広がった。日本の中でだって、近所の家を拝見すればきっと、自分の家庭とは違う文化と「普通」が存在しているはずだ。「普通の日本人」というのは、自分が普通の日本人だと思えばそれに相当し、しかしその「普通」は、自分の中のものであり、他者と共通するとは限らない。つまりそれは、自分からみて「普通でないこと」でも他者にとってはまた「普通」である可能性があり、それを受け入れているからこそ、人と人との関係は成り立っているのだと私は考える。

(こども発達学部 4年 榊原未希)

 

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今日、二人の先輩から自分自身について話をしてくれて、感動したこともあったし、「日本人か外国人か」という境目は(固定的では)ないと感じられました。

 自分も中国から日本に来ました。日本で永住するため、日本の学校で知識を学びながら、日本語や日本文化を身につけたい。自分は中国で育てられ、両親も「中国人」ですが、でも、自分はいま特に「日本にいる外国人」だとは思わないです。日本語を毎日喋り、日本人と毎日交流し、日本料理も大好きな料理であるし、日本の文化やエチケットも大好きです。「普通の日本人」とあまり変わらない生活をしていると思います。そんな自分は「日本人」とも言えるかと思います。

 来年のこの講義で、自分のことを話せたらいいなと思っています。

(国際福祉開発学部 1年 千葉安紗魅)

 

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 皆さんの前で喋るのは本当に緊張しました。そもそも大人数の前で、しかも30分も喋るのが初めてでした。僕の片言な日本語が通じるのかなとか、いろいろ心配しましたが、でも喋っているうちに、皆が笑顔で聴いてくれているからか、緊張がなくなって、楽しく喋ることが出来ました。小國先生から依頼をいただいたお陰で、「どうやって発表しようかなと」考えているうちに自分自身を見つめなおすことができました。そして、皆さんの感想文を読んで、気づかなかったことも多々ありました。

 みんなが言うように、僕は見た目で純粋な日本人と決め付けられることは、最初は辛いですが、でも今は、それを逆にポジティブにとらえて、道具として楽しんでいます。たとえば、毎年、名古屋で行われているフィリピンフェスティバルでボランティアとして参加して、フィリピンの人はたくさん来てくれます。タガログ語なんて喋れない、日本人として参加します。そこでフィリピンの人たちの会話を聴たり、会話は英語で話したりするのが楽しいです。そして、そのイベントの終りかけに自分はタガログ語(フィリピン語)が喋れるということをみんなに明かして、みんなの反応を楽しんでいます。嫌われると思われるかも知りませんが、フィリピンの人はノリで生きているので、これで友達になった人はたくさん居ますよ。ここで、何を言いたいかというと、辛いことをただ辛いという風にとらえると、ただ辛いだけになってしまうので、それをポジティブに考え、バネにすることで、人間的に成長するのではないかと思います。

 来年は、1年生の千葉さんが喋ってくれるそうです。来年は必ず、発表を一番前で見ます。楽しみにしています。皆さんの暖かいコメントと、小國先生から自分自身を見つめ直す機会をいただいて、本当に有難うございました。

(国際福祉開発学部 2年 小倉研児)

 

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みなさんの感想を読ませていただきました。

私がみなさんに伝えたかったこと以上に、みなさんはたくさんのことを受け取ってくれたように思いました。

いっぱい辛いことがあったけど、今はとても幸せに過ごしています。日本に来てよかったです。そして、胸を張って自分が日系人って事に自信を持ちます。

みなさんの一つ一つの感想が本当にうれしかったです。

ありがとうございました。今回、みなさんに話す機会を与えてくださった小國先生にも感謝したいです。

私は、これから日本に住み、ペルー人風日本人としてやっていきます。ありがとうございました。

(国際福祉開発学部 2年 宇賀本デミ)

 

以上。

 

   

 

 

 

 

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