「ビッグイシューの挑戦」佐野 章二

2012年2月29日

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福祉経営学部 雨森孝悦

 
 
 
 
 
① 心に残った理由
街角でTHE BIG ISSUEという雑誌を売っているおじさんたちを見かけたことがあるだろうか。表題は英語だが文章は日本語だ。この雑誌はホームレスの人だけが売ることができるもので、内容は社会派でありながら、硬すぎず柔らかすぎず、電車の中でも読める。20代、30代の女性が読者層の7割を占めるという。
発行はビッグイシュー・ジャパンという有限会社。その「社長」の佐野章二さん(本の著者)は、NPOの世界では知らない者がいない有名人である。その佐野さんがNPOではなく、あえて会社という形でビッグイシューの発行を始めた。「非営利組織論」の科目担当者としては気になるところだが、理由ははっきりしている。「99パーセントではなく、100パーセント失敗する」と言われた難事業に挑むために、経営に甘さの許されない営利企業の形がふさわしいと考えたのだ。
それで、実際に失敗したのか。いいえ、見事単年度黒字化を達成したのである。興味本位の雑誌でも行き詰ることが多いのに、どうして社会派の雑誌で店舗販売すらしないものが成功したのか。一言でいえば、共感が集まったのである。日頃、ホームレスとは接点のない若い女性が、気軽に買っていく、企業も寄付をする、400人からのボランティアが協力する。表紙からして有名人ばかり登場するが、みなノーギャラだという。しんどさが増している日本社会で、これは明るいニュースではないか。
② 特に心に残ったこと
佐野さんのことは、阪神淡路大震災の支援活動の時から知っているが、この人が還暦も過ぎてからこの大冒険を始めたことに尊敬の念を抱いていた。会うと、本人も実に熱心にビッグイシューのことを語っていた。けれども、この本を読むと、最初は発行に関わることを渋っていたことがわかる。距離を取ろうとしていた佐野さんを引きずり込んだのは、水越さんという長年の協力者と、佐野さんの娘さんだったことが本書で告白されている。二人とも雑誌の編集に関しては素人だったので、佐野さんがひるんだのも無理がない。けっきょくのところ、雑誌が軌道に乗ったのは、二人の女性がホントに本気だったからで、それが佐野さんを含め、多くの人たちを共感の渦に巻き込んだのである。そこが、読んでいてよく伝わってくる。
③ その他、おすすめポイント
1,429円と比較的求めやすい点。

司法改革

2012年2月22日

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福祉経営学部 大竹秀樹

 
 
 
 
皇居を望む一角に、その凸凹に富む外観から「奇岩城」と呼ばれる巨大な建造物がそそり立っている。さらに、それは三権の一つである司法権を代表する建造物として国会議事堂と同じ高さに揃えられている。言うまでもなく、最高裁判所庁舎である。
さて、本書は、いわゆる松本清張、森村誠一の著作に代表される社会派推理小説である。司法改革に反対するエリート裁判官とその黒幕たちの殺人事件を暴こうとするテレビ局ディレクター(新藤文彦)と彼の遺志を継いだ恋人・女性アナウンサー(和泉香苗)と弁護士(青井重之)の活躍をめぐる物語である。名探偵や名刑事は登場せず、彼らの地道な調査によって犯人をあぶり出していく手法である。著者の巧妙な構成、丹念な調査と取材、そして主人公たちの正義感と勇気が読む者に上質な興奮と読後の爽快感を与えてくれる。
著者は、本書の中で、司法改革の重要性を訴えると同時に、多くの裁判官がそれになかなか腰を上げようとしないため、裁判官を抵抗勢力として描いている。物語の冒頭は最高裁判所の組織とそこで働く裁判官の実態から始まる。憲法の規定上、最高裁判事は15人(その一人が長官)と言われているが、実は彼ら以外に約130人の裁判官が勤務していることはあまり知られてない。そして、その中でも全国の裁判所を統括する司令部的な役割を担い、人事権や予算権を掌握している最高裁事務総局に勤める事務方の裁判官がエリート中のエリートであり、更にその一部が学閥のもとに司法官僚として司法行政を執り行い君臨していることが、明らかにされる。
しかし、著者は、最高裁が昇給と転任を武器として全国の裁判官を統率するなかで、現場の裁判所で職人のように着々と、一年間に200件余りの事件を神経をすり減らしながら処理せねばならない大多数の裁判官の実情も好意的に描いている。裁判官制度の両面を紹介することにより、著者は読者に構造改革や行政改革よりもなじみの薄い司法改革への関心を高めるようにメッセージを発している。
「公僕」として社会正義の実現のために黙々と働く勤勉な公務員に注ぐ著者の眼差しは温かい。警察上層部のキャリア官僚が捜査指揮権や人事権を掌握する警察機構の中で、警察官としての正義感と使命感を抱きながら、有形無形の圧力を撥ね斥けて「正義の味方」「市民の用心棒」(森村誠一)として事件の真相に迫っていく下積み刑事を主人公にした警察小説は、著者の十八番である。著者の小説のおもしろさは、「単に警察官が配役として登場するだけの推理小説」(著者本人の弁)ではなく、権力の持つ魔力やおいしさを自覚しつつ、昇進や栄誉に背を向けて、時にはその権力を活用して真実を追い求める下積み捜査員を主人公として登場させた点にあろう。主人公の活動を通して閉鎖的な警察内部の隠蔽性やエリート特権階級の自己保身が描き出され、舞台となる大阪の風情も織り込まれており、読み進むうちに思わず時間を忘れてしまうのである。
『刑事(デカ)長(チョウ)』『刑事長 越権捜査』『密命副検事』(講談社文庫)などお薦めです。

「オフサイドはなぜ反則か」中村 敏雄

2012年2月15日

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子ども発達学部 吉田文久

 
 
 
私が紹介する本は中村敏雄著の『オフサイドはなぜ反則か』という本です。サッカーやラグビーというスポーツ特有のルールとして「オフサイド」という名前を聞いたことがある人は多いのではないでしょうか?「ボールを勝手に前に進めてはいけないという奇妙なルールがなぜあるのですか?」と生徒から出された素朴な疑問に体育教師であった中村先生が本一冊をかけて解き明かした秀作がこの本です。
「このオフサイドというルールがあるために、点が取りにくく、見ていてつまらない」という声が寄せられ、また誤審の疑いからルール撤廃の議論も起こっているようですが、この本を読むと、オフサイド・ルールをなくすと、サッカー、ラグビーではなくなってしまうと思うようになります。サッカーはそもそも1点先取のゲームとして行われ、半日あるいは一日かけて行われていました。一年に数回の楽しみをそんなに簡単に終わらせたくない(長時間享受)、つまりどちらかが1点取るとゲームが終わってしまうので、そうさせない工夫としてオフサイド・ルールが考え出されたのです。また、ゴール前で「待ち伏せ」し、点を決めるのは「汚い行為」であり、ジェントルマン・マンシップに欠けるプレーとして非難されたということもあるようです。かつて町全体をコートにして行われていたときにはルールなどなく、オフサイドの反則もありませんでした。その後コートは空き地へ、そして校庭へと移ることにより、オフサイドというルールが整備されていきました。それは、産業革命をはじめとする社会変化、人々の生活意識の変化と密接に関係していると中村先生は解説しています。
さらにこの本は、スポーツの一つのルールの歴史をたどりながら、英国人の「自由と規律」の精神を読み解くヒントを与えてくれます。
残念ながら中村先生は、2011年3月にこの世を去りました。中村先生は私に、「体育教師はスポーツの技術だけ教えていていいのですか?」と問いかけ、スポーツ文化研究の道に導いてくれた恩師です。スポーツという文化には豊かな内容がある、このことを子どもたちに伝えていく責任が体育教師のみならず人々にはあるのだと説いています。「ラグビーボールはなぜ楕円形なのですか?」という疑問を解き明かしたのも中村先生のこだわりの延長です。スポーツに興味のある人に限らず、人間・社会・文化の関係を学ぶ人にも一読の価値のある一冊だと思います。
※この書籍は、1985年の初版と2001年の増補版があります。本学図書館には「初版」が、美浜町と半田市の図書館には「増補版」の蔵書があります。なお、どちらも品切れのため、書店では取り扱いをしておりません。

「世界を見る目が変わる50の事実」ジェシカ・ウィリアムズ

2012年2月9日

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国際福祉開発学部 小倉美津夫

世界を見る目が変わる50の事実
世界を見る目が変わる50の事実
ジェシカ・ウィリアムズ 酒井 泰介
草思社

 
 
 
 
大学へ勤める前に愛知県国際教育研究協議会の会長を3年間務めたことがあります。その時に「国際理解教育」とは一体何を意味しているのだろうと疑問を抱いたことがありました。毎日のように「国際理解教育」ということばを新聞、広告、メディアで見たり聞いたりしていますが、今一度その意味を見つめ直したいと思っていたところ、英国のBBCジャーナリストJessica Williamsが著した50 FACTS THAT SHOULD CHANGE THE WORLD(邦題「世界を見る目が変わる50の事実」)に出くわしました。「肥満の人の3人に一人は発展途上国に住んでいる」、「世界の5人に一人は一日1ドル未満で暮らしている」、「インドでは4,400万人の児童が働かされている」、「世界で7人に一人が日々飢えている」、「世界で3人に一人は戦時下に暮らしている」、「近年の武力紛争の四分の一は天然資源がらみ」、「毎年10の言語が消滅している」、「14秒に一人ずつ若者がHIVウイルスに感染している」等々。どの事実についても、知らなかったという人が多いのではないでしょうか。なかでも、現在日本国内で小学生から高校生に至るまで所持および使用法について問題が続出している携帯電話、それを作るために必要な希少原料が「アフリカの世界戦争」の火種になっていたことを知り愕然としました。
「国際理解教育」の意味は人それぞれにとらえ方が異なっています。たとえば、「欧米文化理解」、「アメリカ合衆国理解」、「英語学習」などです。それは、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌等をとおしてアメリカやヨーロッパの国々のことがひっきりなしに流れてきて、好むと好まざるとに拘わらず私たちの生活の中に浸透しているからで、それも断片的に、特に食物、ファッション、音楽という分野ばかりが目立ちます。しかし、それだけであってはなりません。世界には191ヶ国(2005年3月1日現在)あり、歴史、政治、経済、文化、教育等国によって形態や事情は様々です。「国際理解教育」は、異文化理解や外国語教育のみでなく、人口、食料、環境、エネルギーといった共通の課題の問題解決学習としてとらえ、その学習を通して、いろいろな文化や価値観を学び、視野を広げ、平和の心を築き、何よりも自分や自国を見つめ、自分たちの生き方を考えたり、共通の課題、地球的課題に取り組もうとする姿勢を育てたりする教育であると考えます。
この本は私が述べてきたようなことを考えさせられる良書であると言えます。ぜひ一読してほしいと思います。

「ヘルプマン!」くさか 里樹

2012年2月1日

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学長補佐 原田正樹

 
 
 
 
「『ヘルプマン』を読まずに介護を語るな!」思わず、そう叫んでしまいたくなる作品です。主人公は恩田百太郎。彼は高校を中退して介護の世界にはまっていきます。彼の一途な正義感とお年寄りと織りなすドラマは、周囲を巻き込んで「老いるとは何か」「介護とは何か」を問いかけます。百太郎は目の前のじじいやばばあに真剣に向き合います。百太郎は高齢者を大切にするとは、高齢者に「様」をつけて呼称することではないことを思い出させてくれます。百太郎と出会った高齢者たちは、それぞれ「自信」を回復し人生を楽しむ喜びを思い出します。家族や近隣は彼の強引な行為に振り回されつつも、「笑顔」を取り戻していきます。
とはいえ、彼はいまだに介護福祉士の国家試験に合格できず…。しかしここに作者の意図があるように思われます。今、行われている介護福祉士養成教育は、果たして「社会正義」や「やわらかな感性」を育てているのかという問題提起です。
作者のくさか里樹さんは、「介護の世界を描きたかったのではなく、人の弱さと優しさを描きたかった」と言います。人間の持つ弱さと優しさが交錯する、その舞台として「介護の現場」があるのでしょう。くさかさんは「介護は創造の場、介護の職員さんたちはアーティストだ」とも言っています。(少し話しが飛躍してしまいますが、かつてS.パワーズがソーシャルケースワークのことを「アート」と表現したことを思い出してしまいました。)
また『ヘルプマン』では、そうしたエピソードが人間ドラマとして描かれているだけではなく、「制度の矛盾」についても読者に投げかけられています。介護保険制度、成年後見制度、介護事業所間の癒着問題、地域包括支援センターや社会福祉協議会等々、介護の現場の抱えている問題について実に多面的にとらえ、本当によく取材されていることがわかります。
ボクが論文にすると何文字も使って表現しなければならないことが、くさかさんは百太郎の表情ひとつで読者に伝えてしまいます。ある意味、マンガに嫉妬を感じながら読みふけってしまいました。
今年、『ヘルプマン』は、第40回(2011年度)日本漫画家協会賞を受賞しました。まさに今の日本を代表するマンガであり、人間の優しさと介護問題の現実を伝えてくれる素晴らしいマンガです。ぜひ『ヘルプマン』を読んで、みんなで「介護」について語りませんか。



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