Category Archives: 卒業生取材

【卒業生取材】サンビレッジ岐阜を訪問

目に前の方に、自身を尊く思い、

人生を全うする意義を感じてもらいたい

卒業生の活躍を取材する企画。今回は岐阜県郡上市出身の井上梓美(いのうえ あずみ)さん[2008年卒]の職場を訪問しました。井上さんは、美浜キャンパスの社会福祉学部で社会福祉士を取得後、専門学校で言語聴覚士を学ばれています。現在は社会福祉法人新生会のサンビレッジ岐阜で働かれて10年目。インタビュアーは、社会福祉学部2年の杉岡真帆さんがつとめます。
━━現在はどのようなお仕事をされていますか?
言語聴覚士としては、言語に障がいがある方に対してリハビリをしています。高齢者の方が多いですが、小さなお子さんも担当しています。集団でリハビリを行うこともあれば、ご自宅を訪問して1対1で行うこともあります。利用者の方が、その方の暮らしの中で困らないようにリハビリをすることが役目ですね。
━━他にはどんなお仕事をされていますか?
社会福祉士が活かされているのは、まちづくりの仕事です。ここサンビレッジ岐阜は「赤ちゃんから高齢まで安心して暮らせるまちづくり」をコンセプトに、シティータワー43自体が一つの“まち”として機能しています。その中で、住民の方やそのご家族、地域の方が楽しく交流してつながれるように、様々な仕掛けづくりをしています。例えば、体操をしたり、小物づくりの教室を開いたり、茶話会を企画しています。専門職という立場で関わるのではなく、町の住民としてみなさんと関わっている感じです。
  
━━この仕事の役割はどのように感じていますか?
私の全ての仕事は、目の前の方や、そのご家族が望んでいる暮らし方や生き方を実現していくことだと思っています。例えば、研修の企画をする委員会の委員長を担当しています。その中で、色々な職種の方が集まって学ぶ「ごちゃまぜ研修」に携わっています。その研修では、参加者の方に、いかにお互いの仕事を理解して、自分がどう動けばいいかを考えてもらいます。現場で多職種の連携が高まることで、利用者さんやご家族の望む暮らしにより近づいていきます。
━━この仕事をしてから、どのような能力が身につきましたか?
相手の言動の背景にある意図や本当の想いを意識できるようになりました。働き始めたころは、その方がおっしゃったことをそのまま自分の中に入れるだけで精一杯でした。でも、仕事を続けてきて、高齢者の方にどのように残りの人生を生きてもらうか、いかに最期を迎えてもらうか、そのために自分に何ができるのかを考えるようになりました。そうした時に、相手の方がこれまでの人生をどう生きてきたのかまで考えながら、お話を伺うようになりました。
━━人生の最期に関わることは、辛いことも多くないですか?
確かに、突然の別れなど、悲しいこともあります。その時は、ご家族と一緒にご本人のことを話して、悲しみをわかち合います。また、スタッフ同士でも想いを話して共有し、支え合っていますね。関わった後は、毎回必ず、自分がしたことがご本人にどう影響していたか、ご本人の本当の想いを理解できていたか、ご家族が納得できた別れになっていたかなどを振り返って、次の仕事につなげていくことを意識しています。
  
この仕事のやりがいはどのようなことですか?
利用者の方の姿や声はやりがいですね。「井上さんがきてくれると家の中が明るくなる」と言われると、関係が築けたなと嬉しく感じます。この仕事は、利用者さんやそのご家族と一番近い位置で働けます。その方々の想いにも近くで触れていくため、信頼関係をつくらないとできない仕事です。自分の意思が言葉で伝えにくい人が多いですが、関係ができて、やり取りの中でお互いに気持ちが通じ合えた瞬間は、本当に嬉しいです。
━━岐阜で働こうと思ったのはどうしてですか
自分が目指していたことにぴったりのフィールドが岐阜にあったからです。私は、祖母の言語障がいがきっかけで言語聴覚士に関心を持ったのですが、福祉も学びたいと思い、日本福祉大学へ進学しました。その後、やっぱり最初に目指した言語聴覚士も勉強しようと決めて卒業後に専門学校へ通いました。就職の際に、福祉の現場で、より生活に密着した環境で働いていきたいと思っていた時、今の職場と出会うことができ、ずっと岐阜で働いています。
━━働いてから感じた地域の魅力はありますか?
人間関係が希薄でなく温かいところです。ここでも毎月防災訓練を行いますが、皆が参加してくれて、つながりができていきます。また、地域に出ると社会資源がたくさんあることに気づきました。今はまだ活用しきれていない部分もあるので、今後は、地域の方が、地域の中にその人なりの居場所を感じられるように、もっと地域とつながっていきたいと考えています。
  
━━この職場の魅力はどんなところですか?
色々ありますが、子育てをしながら働けるところは非常に助かっています。職場の中に保育園があるので、子どもと一緒に出勤して働いていました。また、会議も子連れOKの職場なので、卒園した後も子どもを連れて来て会議や職員向けのエアロビ教室に参加しています。
最後に地元就職を目指す後輩へのメッセージをお願いします。
高齢者分野の仕事はとても素敵な仕事です。働く中で、自分もこんな風に年を取りたいなと思える方にたくさん出会えます。もちろん、悲しいことや大変なこともありますが、一人の人間が、人生の最期の姿を見せてくれるということは、とても大切な事なのだと感じます。その方のこれまでの生き方、人生をたくさん聴いて、高齢者の方に育ててもらい、自分の人としての幅が広がりました。そんな幸せな仕事に岐阜で関わる学生さんが増えてくれると嬉しいです。
〜インタビュアーの感想〜
井上さんにお話を伺い、大変な事や今課題と感じている事、苦労している事も含め、「仕事を楽しんでいる」ということが伝わってきました。「命が続く限り、1日でも長く長生きしてもらうために支援はしているけど、死は終わりじゃなくて思い出と共に生きている」という話を聞いて、私もそんな時が来たら利用者に後悔のない関わり方をしたい。利用者自身もこの人たちに看取ってもらえて良かったと思われたいと感じました。「看取る」というのは悲しい事だと思っていましたが、とても幸せな事なのだと思えるようになりました。
私も、年をとることを楽しみだと感じられる人生を送れるようにしたいです。

社会福祉学部社会福祉学科 杉岡 真帆

【卒業生取材】飛騨慈光会を取材

子どもたちが一人の人間として社会に出ていけるように

卒業生の活躍を取材する企画。今回は岐阜県恵那市出身の八澤菜見子(はちざわなみこ)さん[2015年卒]にお話を伺いました。八澤さんは、美浜キャンパスの社会福祉学部で学び、保育士の資格を取得。現在は高山市の社会福祉法人飛騨慈光会が運営する児童養護施設夕陽ヶ丘で児導員として働かれています。インタビュアーは、社会福祉学部3年の服部真子さんがつとめます。
━━現在はどのようなお仕事をされていますか?
子どもたちと一緒に生活をすることが仕事です。私が担当している施設は小規模ホームです。ここでの勤務は宿直勤務が基本となるため、14時に出勤して翌朝10時まで、子どもたちが学校から帰ってきてからの生活を見ています。また、入学式や保護者面談などの学校行事の参加や、保護者の支援も大切な仕事です。
━━保護者の支援もされるのですか?
子どもたちが、親元に帰ることが一つの目標です。ここには、様々な事情から親と離れて生活をしなければならなくなった子どもたちがきます。ご家族のお仕事の都合や体調の変化など、それぞれのご家庭ごとに事情があります。そのため、ご家族に対して、子どもたちが家に帰って一緒に生活していくための支援も必要になってきます。一人で対応するのではなく、他の職員と共有して皆で一緒に対応をしています。
━━この仕事の役割はどのように感じていますか?
一言で言うと「親」なのですが、一線は引いています。ホームの子どもは6人と少ないため、より家族に近い生活になりますが、それでも、ここではご家族と暮らすことができるまでの「親代わり」なのだと思って愛情を注いでいます。生活の役割分担は子どもたちと話し合って決めています。なんでもやってあげるのではなく、将来、子どもたちが自立した生活を送っていけるよう、一緒に暮らしながら生活のトレーニングをしていくことも私の役割です。
 
━━どのようなことに気をつけて働かれていますか?
子どもとの距離の取り方です。最初の頃は距離が近すぎて、子どもたちがすることをなんでもOKで済ませてしまっていました。でも、そうすると子どもたちが育たなくなると先輩から教えてもらいました。でも、意識すると距離が遠くぎこちなくなってしまうので、その子との距離を見極めながら、関係を作ることを大切にしています。
━━この仕事をしてから、どのような能力が身につきましたか?
待つことができるようになりました。最初の頃は、子どもたちが自分でやろうとしていることに手を出してしまっていましたが、今は、待って見守ることを意識しています。これは、子どもたちのことをよく理解できるようになったのだと思います。ウソもすぐに見抜けるようになりました(笑)。叱り方も、以前はすぐに感情的になってしまっていましたが、今は、その子に合わせて、一呼吸置いて伝えられるようになりましたね。そうやって関わっていくと、子どもたちも私のことをわかってくれるようになってきました。
この仕事のやりがいはどのようなことですか?
やりがいはありすぎます(笑)。一つは、子どもたちの笑顔。これはなににも変えられませんね。あとは、成長した姿が目に見えることです。ここでは、原則18歳になったら退園しなければなりません。限られた時間の中でどうやって子どもたち一人ひとりを育てていくかを考えます。子どもが自身の言動で、私のことを傷つけたなって振り返っている姿を見ると、成長したなって嬉しく感じ、私ももっと頑張ろうと思えます。退園した子が元気な顔を見せにきてくれることも嬉しいですね。

━━岐阜で働こうと思ったのはどうしてですか
今の職場があったことは大きいです。大学入学当時は、高齢者福祉に関わりたいと思っていました。でも、ある時、虐待のニュースを目にして、児童分野に関心を持つようになりました。それから、いろいろな養護施設に見学や実習にいきました。そして、社会福祉士の実習でこの夕陽ヶ丘にきた時に、自分が進みたいと思う方向にぴったりだったのです。自分が職員になって働いた時の姿が想像できました。祖母が、高山市に住んでいたということもあって、親しみがある土地だから安心感がありましたね。
━━働いてから感じた地域の魅力はありますか?
地域の連携が強いことです。子どもたちのことについて、施設まかせではなく、子ども相談センター(児童相談所)や学校など、地域皆で連携して子どもの支援をしています。また、夏には学校の先生たちと施設の職員が集まり、情報交換をする交流会をおこなっているので、お互いに相談しやすい関係ができています。さらに、最近ですが、子どもに関する職に就く若者が集まる「若手部会」ができました。ここでは、子ども相談センター、社会福祉協議会、施設職員などが一堂に集まって、ざっくばらんに話し合っています。地域でこのようなつながりができると、みんなで力を合わせてやっていこうという流れになり、働きやすいです。

最後に地元就職を目指す後輩へのメッセージをお願いします。
岐阜は地域も人も温かくていいですよ。特に高山はそれを感じます。この小規模ホームが始まった時も、近所の方が色々と手伝って助けてくれました。子どもたちの声がうるさくても、「うるさいのが子どもの仕事だ」と受け入れてくれます。このような地域で働き、いろいろな人とつながれて、高山に来て良かったと感じています。ぜひ、この岐阜県でやりたい仕事に出会ってください。

〜インタビュアーの感想〜
今回の取材で最も印象に残っていることは、高山市のすごさです。何かあるとすぐにケース会議が行われたり、年に1回子どものことについて交流会があったり、年に2回子相(児童相談所)とのケース会議が行われたりと、施設と行政、学校との連携がとても強いということが分かりました。また、子相若手部会との交流もあり、子相との関係を築ける場もあるということを知りました。高山ならではの「みんなで力を合わせてやろう」という精神であり、私はとても素敵で魅力を感じました。今回の取材を通して、より地元である岐阜県で就職したいという気持ちが強まりました。

社会福祉学部社会福祉学科 服部真子

【卒業生取材】コープぎふを訪問

想いをカタチにする。そのために、信頼してもらえる関わりをつくる

卒業生の活躍を取材する企画。今回は岐阜県本巣市出身の横山理沙(よこやまりさ)さん[2007年卒]にお話を伺いに職場を訪問しました。横山さんは、美浜キャンパスの社会福祉学部で学び、卒業後は岐阜県各務原市に本部を置く生活協同組合コープぎふで働かれています。ご家族も日本福祉大学の卒業生だとのこと。インタビュアーは、社会福祉学部3年の田口麻稀さんがつとめます。
━━これまでと現在のお仕事について教えてください
就職してすぐは、5年間配送トラックに乗って配達の仕事をしていました。岐阜県の西濃地域が私の担当で、毎日トラックを運転して、週に一度担当する各組合員さんの元へ、商品をお届けしていました。そしてその際には、組合員さんのご要望や想いを聴くことも大切な仕事でした。その後、人事部門に異動をして、6年間、新卒採用や人材育成に関わりました。現在は3度目の異動で、万が一の暮らしを守るための保障として、生協が扱っている保険商品に関わっています。組合員さんからの保険の相談や、加入申込書の確認、電話での対応など、これまでとは違い、内勤が多い仕事です。
━━就職してすぐの頃はどんなことが大変でしたか?
どんなに暑い日でも、雪が積もっていてもトラックを運転して商品を届けることです。でも、そうやって現場で働いたことで、自分が誰のために仕事をするのかがよく理解できました。私は就職1年目から3年目まで同じ配達コースを担当していたのですが、担当を離れる時に組合員の皆さんがプレゼントをくれたのです。無我夢中で頑張ってきたことが認められたのだと感じて嬉しかったのを覚えています。今でも、新人の頃にお世話になった組合員さんとはつながっていますよ。
 
━━職場ではどのような役割を担っていらっしゃいますか?
組合員さんの想いをカタチにするお手伝いです。例えば、今の仕事では、保険の保障内容を見直しているという組合員さんがいらっしゃれば、相談にのり、その方にあった保険商品を提案しています。組合員さんには、一人ひとりその方なりの想いが必ずあると日々実感しています。そして、皆さん、生協へいろんな期待を持たれているので、それをしっかり受け取って、カタチにするのが私の役割だと考えて仕事をしています。
━━この仕事をしてから、どのような力が身につきましたか?
相手の立場になって考えるクセが身につきました。生協の仕事は、地域に入り込んで、その土地で暮らす人たちの身近な存在として関わります。そのため、誰のために働いているかが見えやすく、自然と相手の立場で考えることができるようになっていきました。また、発信する力も身につきましたね。みなさんそうだと思いますが、誰かわからない人に心は開かないと思います。まずは、私という人間を知ってもらい、「横山さんなら話ができる」「横山さんが勧めてくれる商品なら安心」と信頼される関係をつくる。自分や商品のことを発信していくうちに、なにを、どう発信したらいいかが見えてきました。
━━岐阜で働こうと思った理由を教えてください
大学で地域のくらしをより良くするためにどうしたらいいかを学んでいて、地域と関わる仕事をしたかったからです。大学で学んだ『ふだんの、くらしの、しあわせ』を実現させたいと考えた時に、地域に関わるなら自分が愛情を持っている岐阜県だと思いました。
その中でも今の職場を選んだのは、より地域に身近なところで、そこで暮らす人たちのくらしに関わって働きたいと考えた時、このコープぎふの仕事が一番合っていました。
 
━━働いてから感じた地域の魅力はありますか?
人の温かさです。配達をしていた頃には、夏の暑い時は、冷たい麦茶やお菓子を出してくれたり、配送トラックが雪で動けなくなった時に、地域の方がすぐに駆けつけて助けてくれたということもありました      。本当に皆さんの温かさに支えられて仕事ができていたと思います。あとは、各地域それぞれに特色があり、それぞれの地域ごとにまとまりがある気がします。人と人のつながりも濃いですね。色んな方のくらしがあり、くらしがあるから想いがある。そこに触れることが地域で働く楽しさなのではないかと私は感じています。
このお仕事の魅力ややりがいはどのようなことですか?
組合員さんの存在自体がこの仕事をする上での魅力でもあり、やりがいにもつながっています。「生協のあの商品、美味しかったよ」と言われると、喜んでもらえている、役に立てていると感じ、嬉しくなります。普段から組合員の皆さんに、本当に良くしてもらっている。だから、私も「仕事だから」というより、「この方たちのために出来ることをしたい」という気持ちになれます。「生協さん」「お姉さん」ではなく、組合員さんに名前で呼んでもらえた時は、一人の人間として受け入れてもらえたようで嬉しかったです。
それと、ここには自分がやりたいことが出来る環境があります。組合員さんとの関係の作り方はみんな違ってその人なりの工夫ができる。地域で配達の仕事をしていた時も、思うようにいかず悩むこともありました。でも、自分なりの関わり方を見つけていく中で、「あなたのおかげで生協を利用することが楽しくなった」と言ってもらえたり、ご家族皆さんが私のことを知って、親しみを持ってもらえたりして、自分がやってきたことは間違っていなかったと、強く感じた記憶があります。
 
最後に地元就職を目指す後輩へのメッセージをお願いします。
岐阜を好きな気持ちを大切にしてほしいです。その気持ちを持つことが、地元就職につながる一番の近道であり、要になるとお思います。また、一度、自分の家族や近所の人が、どんな仕事をしているか、実家の周りにどんな会社があるのか調べてみるのもいいかもしれません。意識して見ていくと、実は岐阜にもステキな会社や仕事がたくさんあります。就職活動は、そうやって地域や世の中を知る良い機会です。大変なこともあるとは思いますが、自分の人生にとって、とても貴重な時間になるはずなので、皆さんなりに楽しんでくださいね。
〜インタビュアーの感想〜
このインタビューを通じて、就活に対する見方・考え方の幅が広がりました。私はこれまで、福祉分野での就職しか考えていませんでしたが、企業で働く卒業生の方にお話を伺ってみて、仕事のやりがいや楽しさを感じることができました。また、大学で学んだ福祉も様々な場面で活かされているということを知りました。地元で働く魅力について、実際に働いている先輩から聞くことができ、これからの就活にいかしたいと思います。

社会福祉学部社会福祉学科 田口麻稀

【卒業生取材】大野慈童園を訪問

ひとりひとりと向き合い、子どもたちの安心・安全をつくる

卒業生の活躍を取材する企画。今回は岐阜県岐阜市出身の村橋諒(むらはしりょう)さん[2008年卒]と郡上市出身の本田智佳代(ほんだちかよ)さん[2016年卒]にお話を伺いました。お二人は、美浜キャンパスの経済学部と社会福祉学部で学び、現在は岐阜県揖斐郡大野町にある社会福祉法人擁童協会の児童養護施設「大野慈童園」で働かれています。インタビュアーは、将来、児童福祉分野の仕事を目指している社会福祉学部1年の中村優里さんと藤森夏希さんです。
━━お二人の日々のお仕事を教えてください
本田さん|私は、学童ホームと呼ばれるユニット制の施設を担当していて、子どもたちを起こすことから1日が始まります。ご飯を食べさせて、学校へ送りだして、帰ってきたら宿題を見る。お母さんみたいな仕事ですね。学校のPTAへの参加や、部活動の保護者会の対応も私の役目です。
村橋さん|私も基本的には同じ。生活のサポートですね。ただ、私の職場は分園で一軒家なので、調理もしています。時々子どもたちも手伝ってくれて、一緒につくることもあります。あとは、子どもの金銭管理です。お小遣いを計画的にどう使っていくかを子どもと話し合って、お金の大切さを知ってもらいます。
 
━━職場ではどのような役割を担っていらっしゃいますか?
村橋さん|役割で言うと父親的な立場です。普段は子どもたちと一緒に楽しく遊びますが、時には厳しく、子どもたちをまとめることもしています。後は、職員間では中堅になるので、先輩と後輩をつなぐ役割ですね。職員同士の関係は、子どもたちにも影響するので、皆が働きやすいよう心がけています。
本田さん|子どもたちからすると、話しやすい姉ですね。ホームの中では年齢が一番上なので。子どもたちとの関係を作りながら、子どもたちがどうしたら暮らしやすいかを考え、生活環境を良くしていくことが、私の役割です。
村橋さん|それから、子どもが虐待で犠牲になるニュースを目にするたび、本当に胸が痛くなります。でも、自分たちの仕事は、この子たちを支える役割があるのだと思うと、もっと頑張ろうという気持ちになります。
━━この仕事をしてから、どのような能力が身につきましたか?
村橋さん|物事を冷静に見ることです。目の前の状況を客観的に判断して、自分が何をすればいいのかを考えて行動できるようになりました。失敗もたくさんありましたね。子どもに半年間、口をきいてもらえなかったこともあります。いい教訓になりましたね。
本田さん|私は、子どもの感情を読み取る力です。勉強ができずぐずっていても、一人ひとりその感情は違います。その子なりの感情を理解して関わっていくことで、やっと、子どもたちとの関係ができていきます。毎日毎日子どもたちとぶつかり、目の前の子に何ができるのかを考え続けて1年。ようやく少し身についてきたと感じています。
村橋さん|ここにくる子どもたちは、人を信用していない子が多いです。そのため、関係性は、そう簡単には築けません。一緒に過ごすなかで、少しずつ少しずつ積み上げていくことしかできないです。そのことを理解しているから、新しい子が来ても、じっくり時間をかけて、その子との関係づくりに向き合えます。
 
━━どうしてこちらの施設で働こうと思ったのですか?
本田さん|見学に来た時の印象です。職員も子どもたちも穏やかで、施設全体が明るい印象でした。もともと児童養護施設を目指していたので、岐阜県や愛知県の施設をいくつか見学しに行きました。そのなかで、「ここで働きたい」と感じましたね。また、岐阜県のおだやかで温かい土地柄や人柄が好きです。
村橋さん|岐阜県は住み慣れた土地で、愛着があることが大きいですね。そのため、岐阜県で暮らすことしか考えていなかったです。今の職場は、私も見学に来て決めました。職員同士の関係がとてもよく、本当に困ったときに頼れる人たちが周りにいます。だから子どもたちも落ち着いていると感じます
━━働いてから感じた地域の魅力はありますか?
村橋さん|子どもたちのことを気にかけてくれる方が多いことです。公園に遊びに行くと、地域の方が子どもたちに声をかけたり、私たちに普段の子どもたちの様子を教えてくれます。小学校の校長先生も施設を訪ねてきてくれます。また、私は地域で子どもにサッカーを教えていますが、そこの人たちも良い方ばかりですね。
本田さん|養護施設への理解があります。私が担当している子どもの部活や少年団の親御さんたちも、施設や仕事のことを解っていただいていて、いつも助けてもらっています。子どもの主治医も長年ずっと関わってくれているので安心できますし、地域に子どもたちを見守ってくれる方が多いことは魅力ですね。
 
このお仕事の魅力ややりがいはどのようなことですか?
本田さん|子どもとの関係ができた時は、やっててよかったって思います。子どもが自分のおやつをくれたり、おこづかいでジュースを買ってきたりしてくれます。頑張ってよかったなって感じますね。
村橋さん|自分たちで支援を考えてやっていけることはやりがいです。別の施設だと対応マニュアルのようなものがあるとこもありますが、ここにはなくて、子どもたちの事を考え、自分たちで関わりを考えて支援をしています。形式に沿った支援ではないので、考える力も身につきますし、何より一人一人の事を考えて、その子に合った支援を納得してできることはやりがいですね。
本田さん|子どもたちの成長に関われることもやりがいです。子どもたちができたことを見逃さずに声をかけて認めていくと、子どもたちの笑顔につながります。
村橋さん|確かに、それは私も嬉しいですね。先日も、小学校の子が、こちらが何も言わなくても自分一人で宿題をやり遂げたのです。その子にとって、1回でもできたことは大きいことで、一人でやっていけるって自信を持ってくれました。子どもたちの小さな成長を見つけて、そこを伸ばしていくこともこの仕事の魅力です。
最後に地元就職を目指す後輩へのメッセージをお願いします。
本田さん|岐阜県は、児童関係の施設もいいところが沢山あります。まずは調べてみて、そして、自分の目で見てみてください。現場に行くと、肌で感じられることがたくさんあります。職場の雰囲気は、行ってみないことには決してわかりません。
村橋さん|地元で働く自分なりの理由をしっかりと考えてほしいです。なんとなく地元で働くことを選ぶのではなく、就職した後の生活を考えてみてください。日常の生活や、通勤や休日の過ごし方など、「こんなはずじゃなかった」が少なると思います。働き始めの頃は、仕事でいっぱいいっぱいいになります。なので、それ以外のことを事前に考えておくと、心に余裕をもった生活を送れますよ。

〜インタビュアーの感想〜

養護施設に行ったのが初めてだったため良い経験になりました。取材をして印象に残ったのが「子ども達との関係性」を大切にされていることです。誰でも初対面の人に心を開くことは難しいし、子どもによって関係性の築き方も違ってくるから積み重ねが大切だと思います。子どもの気持ちを読み取ることは、大学の講義内では学ぶことができず、実際に子どもと関わってしか得ることができない力であると感じました。

社会福祉学部社会福祉学科 中村優里

講義やテレビ、新聞などで児童養護施設のことについて見たり聞いたりしたことはありましたが、実際に現場を見るのは初めてでした。今までは大まかな仕事内容しか理解していませんでしたが、仕事内容や経験談などのお話しを現場で働く方から直接伺ったことにより、理解を深めることができました。また、施設の様子を見学したことで、肌で雰囲気を感じることができ、とても新鮮で貴重な経験になりました。この経験を将来に繋げていきたいと思います。

社会福祉学部社会福祉学科 藤森夏希

【卒業生取材】日本赤十字社岐阜県支部を訪問

自らかける一声、差し出す手。それが信頼と貢献につながる。

岐阜県揖斐川町出身の竹中祐紀(たけなかゆうき)さん[2009年卒]と各務原市出身の小島実記(こじまみき)さん[2016年卒]。美浜キャンパス社会福祉学部で学び、現在は日本赤十字社岐阜県支部の岐阜赤十字病院で働かれています。同じ職場で働き、お互いの仕事でもつながりがあるお二人にお話を伺いました。今回のインタビュアーは、経済学部3年生の美濃島咲菜さんです。
━━現在はどんな仕事をされていますか?
小島さん|管財課に異動してもうすぐ1年です。今は主に、医薬品の発注や、物品の購入、在庫管理を担当しています。毎日、病院内の様々な部署から購入の依頼があり、必要な期日までに届けられるように仕入先の業者さんと調整をしています。付箋から、高額な医療機器まで扱うので、本当に幅が広いですね。
竹中さん|私は経営管理課というところで、会計の業務をしています。病院全体の収支や予算の管理をしているので、大きな額のお金を扱っています。ここに来るまでは、血液センターや高山赤十字病院など、他の職場も経験してきているので、その経験が今の仕事にもつながっています。
 
━━職場ではどのような役割を担っていらっしゃいますか?
竹中さん|大きな視点でいうと、病院の決算に関わっているので責任が重大です。正しく収支の報告をしていかないと、日本赤十字社全体の信用問題に関わってしまいます。また、職場では中堅になってきているので、上司と後輩の橋渡しも私の役割です。
小島さん|私は、業者さんと現場のつなぎ役です。医薬品は、患者さんの治療に使用されます。必要な時に、必要な品が現場に届かないと、現場が困るだけではなく、患者さんの命に関わります。患者さんのために、しっかりと確認して、間違いがないように現場に届けることが私の使命ですね。
━━とても重要な責任を持ってお仕事されているのですね。最初からこなせていけましたか?
小島さん|そうではないです。最初は薬品の知識など全くない状態で、職場で飛び交う言葉の意味が全然わかりませんでした。でも、目の前に仕事はあるので、ひたすらやりながら覚えていきました。もうすぐ1年経ちますが、医薬品の知識は増えてきています。
━━他にも働いたことで身についたことはありますか?
小島さん|相手に合わせたコミュニケーションの取り方ですね。病院で働くようになって、事務所の職員だけでなく、医師や看護師、業者の方、患者さんなど、本当にたくさんの方と関わっています。特に患者さんは、不安や緊張がある方もいらっしゃるので、相手が話しやすい環境を作るために、接し方を変えられるようになりました。
竹中さん|私も、相手との信頼関係を築く対応力は身につきました。初対面の方に信頼してもらうには、まず、相手の懐に入れてもらうこと。そのために、表情や、話を聴く姿勢、聴き方は、以前よりできるようになっていると感じます。
 
━━少し話は変わりますが、お二人は、なぜ岐阜で働こうと思われたのですか?
竹中さん|岐阜が好き。第一にそれが理由ですね。就職活動をしている時から、生まれ育った環境で生活し、この岐阜県に貢献できればと考えていました。また、説明会などで、岐阜の方とお話ししていると、自分が働くイメージが持ちやすかったです。働いてやっていけると感じましたね。
小島さん|私も地元が好きということは同じです。暮らしやすいですしね。大学時代は知多半島で一人暮らしをして、知多半島の行政機関でインターンシップもしました。その時に出会った方が、自分の地元のことを語られているのを聞いて、私も、本当に心から好きな岐阜の話をしていたいと感じ、岐阜で働くことを決めました。
竹中さん|働けば働くほど、岐阜の魅力は見えてきます。人のつながりが暖かく、地域の交流イベントがたくさん残っています。私たちの事業は地域貢献を大切にしているので、地域の交流があることで、成り立つことも多いです。
小島さん|献血も、イベントがあり人が集まるからできています。他にも、病院の受付に地域の方がボランティアで関わってくれているのですが、快くお手伝いしてくれる方が多く嬉しいですね。
人との交流が本当に多いのですね。それがお二人のやりがいにもなっているのですか?
小島さん|そうですね。患者さんに言われる「ありがとう」は嬉しいです。やってきてよかったと感じますね。
竹中さん|交流でいうと、この職場は職員同士の交流も盛んです。仕事が終わって、一緒にご飯を食べに行くことや、職員旅行もあります。職場では話せないことも、仕事以外の場所では話せるし、お互いに分かり合えて、それが次の仕事の原動力にもなっています。
 
他には、どんなことが原動力になっていますか?
竹中さん|日本赤十字社の事業は幅が広く、いろいろな仕事に携われます。そのため、知らないことがたくさん。「もっと勉強したい!知りたい!」という気持ちは、原動力になっています。
小島さん|上司や同僚と声を掛け合って、お互いに切磋琢磨して交流していることが、私の原動力です。そうやって、仕事を覚えて、自分が担当した仕事が形になって、現場で誰かの役に立っていることがわかると、とても嬉しくやりがいを感じます。
最後に地元就職を目指す後輩へのメッセージをお願いします。
小島さん|ぜひ、岐阜に戻ってきてください!岐阜県の情報を得るには、岐阜県の人とつながることがいいと思います。例えば、合同説明会は、岐阜県で開催されている会の方が、情報があります。また、周りに自分がどうしたいか、どこで働きたいかを伝えておくと、その情報が入ってきますよ。
竹中さん|大学で学んだ「ふくし」の精神は、社会でとても生きてきます。まず相手の話を聴いてみようという姿勢など、大学で学ばなければ、自分にはなかったかもしれません。それを大切にして、大学生活を楽しんでほしいです。それと、誰かから言われた言葉を大切にしてください。私は、入社して間もないころ、上司から「竹中。一個人が無責任な行動を取ると、日本赤十字社全体の信頼に関わるんだぞ。」と言われ、仕事の責任を意識するようになりました。この言葉が、今の私の根本になっています。

〜インタビュアーの感想〜

日本赤十字社については、献血や世界で活躍しているイメージが強かったです。しかし、今回のインタビューで、地元で働き地域に貢献できる仕事でもあるとわかりました。患者さんと接したり交流イベントに参加したりするなど地元の暖かさに触れながら仕事ができることにとても魅力を感じます。私も長年育ってきた地元に貢献できるような仕事に就きたいと思いました。今後就活するにあたって、どんな仕事かイメージするだけではなく、積極的に情報を収集していきます。

経済学部経済学科 美濃島咲菜

【Uターン先輩紹介】日本児童育成園 小酒井さん、加藤さん

ここはみんなにとっての「家」。良い時も、悪い時も、
どんな時でも、子どもたちが一緒にいてくれる。

岐阜県岐阜市出身の小酒井智子さん[4年目。児童指導員。向かって左]と加藤愛歌さん[3年目。保育士。向かって右]。大学時代はそれぞれ子ども発達学部、社会福祉学部と別の学部での学びを経て卒業。その後、明治時代から続く歴史が長い児童養護施設、社会福祉法人日本児童育成園へ就職。現在は職場で支え合いながら働かれているお二人にお話をうかがいました。
━━現在はどんな仕事をされていますか?
小酒井さん|朝、子どもたちを起こすことから始まり、一緒にご飯を食べて、学校へ送り出し、帰ってきたら宿題を見て、遊んで、お風呂に入って。私がいるホームは小学校1年生から高校3年生までの子どもがいるので、これが毎日の流れです。ここは、全体が大きな施設ではなく、個別に分かれていて、一つ一つが家と考えてもらうとわかりやすいですね。
加藤さん|私がいるところも地域小規模施設で、子どもたちは3歳から上は高校2年生です。小酒井さんと同じように、子どもたちと一緒に生活していますが、他には、職員でケース会議をしたり、親御さんへの連絡調整を行うこともしています。このホームをどうしていきたいかをみんなで考えながら過ごしています。
━━職場ではどのような役割を担っていらっしゃいますか?
小酒井さん|子どもからすると親がわりですね。それが一番大きいと思います。今のホームではスタッフで職歴が一番長くなったので、全体を見ることができるようにと思っています。また、このホームは、それぞれのスタッフが得意なことを活かしながら子どもとかかわっています。私は子どもたちの勉強をみることが多いので、解らない所をそのままにしないようにしています。
加藤さん|私は住み込みで働いているので、いつでもこのホームにいる安心できる存在を目指しています。また、経歴は中間なので、立場も中間。先輩と後輩の間に立って両方をつないだり、子どもとスタッフをつないだりと、ホームがうまく回っていくようにみんなの間に立てるよう心がけています。
 
━━どうして岐阜で働こうと思われましたか?
加藤さん|大学に入学するときから児童養護施設で働くことを考えていました。実家が育成園の近くで、小学校のころから育成園で生活している子と一緒に過ごしてきたので、ここのことは良く知っていいたことは大きいですね。
小酒井さん|私は、正直に言うとどうしても岐阜がいいというわけではなかったです。最初は特別支援の教諭を目指していて、教育実習に行ってみて自分が思っていた仕事との違いに気づきました。勉強を教えたいのではなく、生活を見ていきたいのだと。それが児童養護施設に一番合っていると考え、進路変更してここに就職しました。
━━働いてから気付いた岐阜の魅力はありますか?
小酒井さん|ここの施設は特にですが、歴史が長く地域に根付いているので、養護施設に対する地域の方の理解が深いように感じます。一つの家として地域からも見てもらえているといった感じでしょうか。
加藤さん|私も感じます。毎日のように地域の方と関わりがあり、子どもたちにも声をかけてもらえます。地域の方の理解があり、助けがあるから、安心して生活していける環境があるのだと思っています。また、公園など、子どもたちと一緒に遊べる場所がそろっています。観光地もたくさんありますし。
小酒井さん|確かに公園は多いですね。高橋尚子さんの尚子ロードや金華山の登山道など、身体を動かせる場所も近くにあることはいいですね。
━━お二人にとって働くやりがいは何ですか?
小酒井さん|子どもたちは成長がすごく早い。それを見ることが楽しみであり、やりがいです。とにかく見ていて楽しいですね。毎日子どもとケンカもして腹も立ちます。今も絶賛ケンカ中ですし。でも、それも子ども。嫌なこと以上に楽しいことが多いのが子どもの魅力だと感じています。
加藤さん|私もケンカと言い合いは日常です。傷つく言葉を言われることもあるけど、かわいいです。小さい子ほど成長の様子が見えるし、反応が毎日のように変わっていき面白いですね。ただ、その分責任の大きさは感じています。私の言葉づかいを真似するのをみると、私のかかわりが大きく影響しているのだと実感します。
小酒井さん|最初はやりがいを感じるよりも、子どもとの信頼関係も全くなく、自分が伝えたいことも伝わらないことばかりで本当に大変でした。でも、そんなことを繰り返してお互いの思いを伝え合うなかで、信頼関係もでき、相手に合った伝え方ができるようになってきました。
加藤さん|私もうまくいかないこと、不安なことばかりでした。「あの人の言う事は聞かなくていいよ」って子ども同士で話している声が聞こえてきたりして。でも、最近は自分がだんだんと子どもとの関係を作れてきていることが嬉しいです。こちらが子どもたちに支えられているなと感じています。
 
最後に地元就職を目指す後輩へのメッセージをお願いします。
小酒井さん|新しい環境で、新しい仕事を始めることはとても大変だと思います。だから、知っている土地、支えてくれる人がいる地元で働くことはとても良いですね。
加藤さん|そうですね、地元は安心して仕事ができる環境ですね。自分が一番よく知っている場所で働くことは、子どもたちにも地元の魅力を伝えられるというメリットもあります。
小酒井さん|あとは遊びを含めて思いっきり活動しておくことでしょうか。私は、郡上で子どもたちと活動する冒険キッズに4年間参加していました。その経験は今の私にとって大きいですし、園長も冒険キッズに関わっていらっしゃったので、話で盛り上がります。
加藤さん|私は、ずっとラクロスをしていました。その活動を通じて今でもつながりがある仲間ができたことは、働いてから心強かったですね。
〜インタビュアーの感想〜
今回のインタビューを通して、岐阜県の魅力や良さを改めて感じることができました。また私の将来の夢でもある児童養護施設の職員の方から、仕事の内容や1日の流れなどの具体的な話をうかがうことができ、施設の職員の仕事を前よりイメージしやすくなりました。また、お話の中で子どもたちと公園や金華山に登ったりするということをうかがいました。これは自然豊かな岐阜県だからこそできる子どもたちとの関係づくりの1つであり、岐阜県ならではの環境を活かしながら働けることは素敵なことだと思いました。岐阜県の魅力を皆さんにもっと知ってもらい、Uターン就職をする学生が増えるといいなと思います。
社会福祉学部社会福祉学科 松山詩歩

【Uターン先輩紹介】 社会福祉法人飛騨慈光会 益田山ゆり園 早瀬さん

人との繋がりを大切にする

岐阜県岐阜市出身の早瀬渓さん。大学時代はバスケットボールや柔道の練習相手として汗を流し、アカペラ活動やアルバイトなど充実した学生生活を過ごしました。2015年社会福祉学部を卒業後は、社会福祉法人飛騨慈光会へ入職。岐阜県下呂市の障がい者支援施設「益田山ゆり園」で生活支援員として活躍している早瀬さんにお話を伺いました。
━━現在はどんな仕事をされていますか?
知的障がいのある方(18歳~70歳代前半)たちへの生活支援・介護の仕事をしています。
生活介護の時間を利用して、しめじのキャップ磨き作業や綿棒の袋詰め作業など、地域の会社から頂いた下請け作業の指導をしています。その他、さおり織りや施設の飾り付けなど余暇活動を支援しています。
利用者が自立した日常生活を営むことができるように、生活の質の向上のお手伝いを通して、毎日の暮らしを楽しく、充実したものになるよう心がけています。
また利用者との普段のコミュニケーションを大切にし、話の内容や言葉遣いにメリハリをつけ、楽しんでもらえるよう意識して接しています。
━━職場ではどんな役割を担っていますか?
施設運用をカバーする機動力だと意識しています。若手職員なので、上司や施設全体のサポートができるよう、薬の補充など自分で考えて率先して動くことが大切だと思います。自分を含め職員全体が働きやすい環境を整えることで、利用者と接する時間を増やしています。
━━仕事におけるやりがい、原動力は何ですか
やはり利用者さんの笑顔ですね。利用者さんと毎日接しているからこそ、笑顔を見るととても嬉しくなります。「外出したい」というニーズがあれば、あまり行かないような公園やコンビニエンスストアに行ってみようかなど考え、利用者さんの希望を叶えられるようにします。また普段の生活の中で、何気ない会話から笑顔を引き出せるよう、楽しんでもらう工夫をします。
仕事をしてから、学生時代に障がいの種類・特性、対応や社会制度などもっと勉強しておけばよかったなと思いました。

━━岐阜で働こうと思ったのはどうしてですか?
他の県で働くことも考えましたが、就職活動を始めてから、岐阜に帰ろうと思いました。就職をすること、仕事を頑張ることはとても大切ですが、時には心身ともに自分を壊してしまうのも仕事だと思います。
今回私は、たまたま障がい分野のおもしろさを知り、楽しく仕事をしていますが、すべてそうであるとは限らないと思います。仕事が合わなかったり、職場環境が良くなかったら、仕事は辛いものになりえます。そんな時、近くに昔からの友人がいたり、家族がいる環境があるのはとても重要なことだと感じています。だから岐阜に帰ること、近くにいることのメリットは、“自分の命を守る”大きな保険だと思っています。
━━働いて気づいた地域の魅力は
とにかく人が温かいです。下呂は昔から人を迎い入れる文化があるみたいで、良い意味でのお節介な人が多いです。また地域の人が益田山ゆり園を知っているので、利用者さんと一緒に外出するには、安心できる環境です。地域とのつながりがあるのは、田舎の良さだと感じています。
そして岐阜には有名な山脈や特産物があり、誇れるところだと改めて思いました。
━━地元就職を目指す後輩へメッセージをお願いします。
まだ若い分未熟な面もあるため、知っている人や相談できる人がいるだけで、安心できる環境となり自信がつきます。
また福利厚生や給与面などの就業条件も大切ではあるけど、一番大切なのは職場環境だと考えています。OB・OG訪問や企業・職場見学を通して、生きた情報収集を大切にしてください。そのためには人との繋がりを築いておくことも重要です。
あとは各自治体で家賃や奨学金の補助金制度があるので、調べることをお勧めします。
~インタビュアーの感想~
実際に岐阜に戻って就職された先輩からお話を聞くことができ、就職活動や働き方のイメージをもつことができました。生活支援員として働く上で、利用者の方にもっと楽しんでもらおう、笑顔になってもらおうという心がけが大切だと教えていただきました。地元就職には、相談できる人や帰る場所がある安心感が大きなメリットであることが学びました。あたたかい人間関係が、働く面だけでなく住む面でも暮らしやすいのが岐阜の魅力であると感じました。今回のインタビューを通して、岐阜に就職して地元に貢献したいという思いが強まりました。
子ども発達学部心理臨床学科 野口航暉

【Uターン先輩紹介】大垣工業高等学校 有嶋さん

自分が社会人としての鑑になる

岐阜県多治見市出身の有嶋翔さん。高校時代にバレーボール部の活動を通じて教諭になることを決意し、大学時代は健康科学部の教諭過程で免許を取得。2014年に卒業後は、現在の職場である岐阜県立大垣工業高等学校へ配属され今年で4年目になります。いつかは絶対に母校で働きたいという有嶋さん。教諭の仕事に対しての熱い想いをお話しいただきました。
━━教諭のお仕事は、具体的にどんなことをされていますか?
勉強を教えることはもちろんですが、就職や進学の支援、生徒同士の人間関係の調整、保護者の方の対応など本当にたくさんの仕事があります。工業高校は卒業後に就職する生徒が多いため、企業の方とお話しする機会もありますね。でも、子ども達と接する事が一番の仕事です。
━━実際に教諭の仕事をしてみて、この仕事はいかがですか?
毎日が真剣勝負です。スポーツで言うと練習試合はなく、毎日本番のような感じでしょうか。初めて担任を持った頃は、生徒もこの仕事も正直嫌いになり、なんのために働いているのかわからなくなった時期がありました。でも、毎日、生徒と向き合っていく中で、まずは自分がしっかりしなければという責任感が自分の中にできていった気がします。ただ教諭を目指していた教育実習の時の自分と、今の自分とは、仕事に対する意識は全く違っています。
━━有嶋さんの仕事での役割はどのようなことですか?
生徒たちに、働く知恵や生きていく知恵を伝えることだと思っています。工業高校の生徒はここが社会に出る前の学びの最終場所になるので、ここで学んだことがこれからの人生に大きく影響します。だからこそ、生徒たちが社会で自立できるために必要なことはしっかり伝えていきたいですし、何より、自分自身が社会人としての姿を見せなければいけないと意識しています。

印象的なエピソードはありますか?
昨年、初めて卒業生を送り出したことですね。卒業式後の最後のホームルームで生徒に直接伝えたことなのですが、そのクラスは周りから見ても大変なクラスで、先ほども話したように、最初は彼らのことが嫌いでした。でも、2年の間、どうすれば生徒たちが外の世界に出てやっていけるかを意識して色々と自分なりに挑戦して彼らと関わっていると、だんだんと生徒に伝わり、彼らが変わっていく姿もみられました。最後の時間、名簿を一切見ずに、ひとりひとりの顔を見て名前を呼んでいったのですが、やんちゃでどうしようもなかった生徒らが、真剣な表情でこちらを見て「はい」と力強く返事をする姿には、こみ上げてくるものがありました。
━━有嶋さんにとってのやりがいはどんなことですか?
生徒が社会に出て頑張っている姿をみることです。つい先日、卒業した生徒が訪問してくれました。学校が嫌いで、「先生の言う事なんて聞くものか!」って言っていた生徒が、給料をもらったといって菓子折りを持って顔を見せに来たのです。その際に、「働いてみて、先生が言ってくれていたことがやっとわかった」と言ってもらえ、あきらめずに伝え続けてきてよかったと思えました。

働いてから気づいた岐阜の魅力はどんなことですか?
各地域に、その土地に根差した企業があることは魅力です。特に西濃は地元企業に就職する生徒が多く、企業から学校へ講師に来てくれることもあります。また、小学校や中学校に生徒が授業をおこないに訪問したり、ショッピングモールに出向いて地域の方たちと関わる取り組みもあり、地域でつながりがあることは良い環境だと感じます。
地元就職を目指す後輩へのメッセージをお願いします。
就職して地元に戻ると、その地域を支える立場になります。そこで、どうやったら、その場所で、その地域で自分の力を発揮できるかを考えて働いてほしい。持っている力を出してほしいです。きっと、発揮できる力があるはずです。また、大学時代に、色んな場所に行って、色んな人と話して、大学以外の外の世界を経験しておくと、発揮できる力も広がると思います。
 
〜インタビュアーの感想〜
私自身中学3年生の頃から先生になりたいと思っていた時期があったため、「うわ、私も教師やってみたいな」と思いました。今日の話で一番印象的だったのは、担任をした3年生の生徒の卒業式で、名簿ではなく顔を見て名前を読み上げ、いままでやんちゃしていた生徒が「はい」と返事をする姿に感動したというエピソードです。教師という職柄、普通に生きているより多くの人と接する仕事だと思います。自分の高校時代を振り返りながらお話を聞けてよかったです。
そしてびっくりしたのは、高校の先生は地域企業への顔が広いということ。工業高校ということもあり、生徒が地元就職するのであれば、地域に根ざした高校での学びは大切だと改めて感じました。知識的な学び以外にも地域のことを多く学んで幅の広い視野ができるといいと思いました。
有嶋先生のように、日福を卒業して岐阜で頑張っている人のお話を伺うことができ、自分の今後のビジョンを考える材料になりました。
国際福祉開発学部 町野紗希衣

【Uターン先輩紹介】和光会グループ三好さん、松野さん

正解がない仕事。だから変化が多くやりがいがある。

岐阜県高山市出身の三好裕美さん[21年目]と岐南町出身の松野麻衣さん[11年目]。お二人とも同じ社会福祉学部での学びを経て、現在は和光会グループで連携を取りながら働かれています。岐阜出身、同窓生だけではなく、子育てをする母親同士としても繋がり、支え合いがあるお二人にお話を伺いました。
━━現在はどんな仕事をされていますか?
三好さん|主任介護支援専門員として、施設や病院から在宅へ移られる方のコーディネートをしています。他の支援スタッフと連携をし、話し合いを重ねて、利用者の方がどうすれば安心して帰れるか、そのためにどんな支援が必要かを考えています。
松野さん|私は、老人保健施設で介護の現場に5年間携わっていました。現在は、同じ施設で支援相談員として、入所者や通所利用者の方、またそのご家族の相談を受けています。三好さんのようなケアマネジャーや、病院のスタッフと連携・調整して在宅復帰に向けたお手伝いをしています。
━━職場ではどのような役割を担っていらっしゃいますか?
松野さん|情報を共有して、関係するみなさんをつなぐ役割です。例えば、新しく利用される方の情報を病院に足を運んで確認し、受け入れる現場のスタッフと共有をします。いかに情報を共有できるかが在宅復帰に向けた目標設定には大切になってくるため、そこを意識して考えています。
三好さん|そのおかげで、松野さんは地域の医療関係者との繋がりが強いですね。私は、現職の前は介護予防などの地域活動を行ってきたので、地域との連携が得意です。私たちは、お互いに得意分野を生かし、不足部分を補いあって連携しています。
  
━━地域のお話が出ましたが、この地域の魅力はどのように感じていらっしゃいますか?
三好さん|まずは住んでいる方の温かさです。地域を回る際は自転車でうかがっていたのですが、今もその地域を自転車で移動していると「元気しとるかー」と地元の方が声をかけてくれます。自分を覚えてくれている方、自分を知ってくれている方が地域にいてくださることは、働く上で大きな支えになっています。
松野さん|同じ話題や同じ方言で気兼ねなく話ができるところは、暮らしやすく、働きやすいと感じます。また、地域の魅力というよりは職場の魅力になるのですが、職場は産休・育休取得率がほぼ100%で、子育てをしながら働ける環境があることは大きな魅力ですね。
三好さん|そこは私も同じです。でも、職場だけではない魅力だとも感じます。柳ヶ瀬地区では子どもたちが楽しめるイベントがたくさん行われており、地域全体で子どもを育てていこうという風土は、この地域の魅力ではないでしょうか。
━━どうして岐阜で働こうと思われたのですか?
松野さん|最初から岐阜で働くことしか考えていませんでした。自分が一番よく知っている生まれ育った地域で働きたいという思いをずっと持っていたので。家族のそばから離れて暮らすことも考えていなかったですね。
三好さん|私は、岐阜の福祉をよくしていきたいと想いがあるからです。
━━働くやりがいは何ですか?
三好さん|支援で関わった方が元気になっていく姿、できないことができていく姿を見ると、やっていてよかったと感じます。この仕事は看取りをすることも多く、辛さもあります。でも、最近はヘルパーさんや看護師さんなど多職種で連携し、ご本人やご家族の希望に沿って、ご自宅での看取りを行えたときは、よかったと思えるようになってきました。
松野さん|課題がたくさんあって「絶対に自宅には帰れない」と思っているご利用者ほど、大変ではあるけれど、帰れた時の喜びは大きいですね。その方が入所から在宅に移って、元気に生活していらっしゃる姿を見ると、やりがいを感じます。辛いことも多いですが、その姿に助けられますね。
三好さん|辛いことがあっても辛いで終わらせないことです。苦情を直接きつい言い方で受けたり、厳しい意見を言われたりすることも多いですが、どれだけ相手に真摯に向きあって関わっていくかで、信頼してもらえて関係も変わってきますね。
松野さん|ご家族の気持ちもわかるし、現場での経験があるので、現場で働くスタッフの気持ちもよく分かります。施設を良くしていこうと現場の士気も高めながら、みんなでどうすればいいかを考えていくことも私は楽しいです。支援の仕事は正解がないし、毎日毎日変化があって学びも多いですから。
  
最後に地元就職を目指す後輩へのメッセージをお願いします。
松野さん|福祉の仕事の幅はとても広いです。ただ、私もそうでしたが、この仕事を目指す方は、根本の想いとして「人と関わる仕事をしたい」という方が多いのではないでしょうか。その「人と関わりたい」という想いは大切にしてほしいです。
三好さん|地域で暮らす方の安心した生活を支える役割が「ふくし」にはあると思っています。そこに携わることができることは大きなやりがいではないでしょうか。分野は様々ですが、ぜひ福祉を学んだ方は、福祉の分野を目指してほしいです。
〜インタビュアーの感想〜
実際に現場で働くOBの方のお話をきくことができ、仕事に対するイメージが具体的になりました。また、どういったことを大切に働かれているのかや、仕事の魅力、岐阜という地域で働くという魅力を感じることができ、改めて地元で働きたいという思いが強くなりました。長く働きたいという思いがあるので、子育て環境が整っていることや理解があることなど、女性も働きやすい職場が岐阜には多いこともわかりました。地元に貢献できるように、地域を支える一員として将来活躍していきたいです。

社会福祉学部社会福祉学科 中井綾子

岐阜県は女性が働きやすい環境が整っていることを知りました。和光会様でも施設内に託児所があり、子育てをしながら仕事をすることができ、女性の方が育児と仕事を両立することができるうえに、施設職員の方の育児に対しての理解が深いことがわかりました。そのため、福祉職は身体的・精神的負担が大きく、職を離れてしまう方が多い中でも、職員同士が同じ悩みを相談できることで、負担が軽減されていってるのではないかと感じました。これからまた、岐阜県の魅力を見つけたいと思います。

社会福祉学部社会福祉学科 早坂美乃莉

 

【Uターン先輩紹介】株式会社トーカイ中森さん取材

その人にとってのありがたい存在でありたい

岐阜県本巣市出身の中森佳子さん。大学時代は福祉の学びだけではなく、吹奏楽に勤しんでいらっしゃいました。その経験から人と関わる力を身につけ、2003年に社会福祉学部を卒業後は、現職場である株式会社トーカイへ入社。シルバー事業本部に配属され、営業事務、部内経理から仕入れ、商品管理と幅広い業務を経験し、キャリアアップされてきた中森さん。家族との時間も大切にしながら、仕事と家庭の両立をされている中森さんにお話を伺いました。
━━現在はどんな仕事をされていますか?
一言で言うと営業スタッフのバックヤードの仕事です。私が所属しているシルバー事業本部は、主に、在宅の方に福祉用具のレンタル、販売を行っています。現場には営業スタッフがいるのですが、その現場が働きやすい環境を整えることが私の仕事です。そのために、情報を収集したり、他部門との調整を行ったり、最近では、未収金の管理業務なども行っています。私にとっては、営業スタッフの人たちがお客様です。
━━職場での中森さんはどんな役割ですか?
誰もが話しかけやすい存在を目指しています。現在の職場はパートで働く方も多いのですが、全員の顔と名前をすぐに覚えて、できるだけ話しかけて会話をするようにしています。プライベートな話など、ちょっとした話をすることで、仕事で困った時も相談がしやすい関係ができ、その人が仕事をしやすくなると考えています。お互いが話しやすく、働きやすい環境を作りたいですね。

━━中森さんの仕事のやりがいはどのようなことですか?
あなたが居て良かったと言われることですね。シルバー事業本部に配属され、「シルバーのことは、中森に聞け!」と言われる存在を目指して頑張ってきたので。私の仕事のモットーが、「当たり前のことを当たり前にできる」なのですが、自分と相手の当たり前は違って、相手にとっての当たり前を、私は常にできる状態でありたいと思っています。これをすることで、周りから認められ、必要とされることは嬉しいですし、やりがいに感じます。
━━とても人との関係を大切に働かれているように感じるのですが、いつ頃からですか?
入社半年後に、労働組合の関係で年齢や経験、職種、部門が違う方々と関わることができたことは大きかったと思っています。通常の業務では関わらない方と話をすることで、自部門の仕事と他部門のつながりを知ることができました。また、社内で人脈が作れたことで、仕事で困った時やお客様の要望に対して、部を超えて対応することができました。だから、社内でも社外でも人脈づくりは大切にしています。この人と関わる力は、大学時代の吹奏楽で鍛えられたと思います。
━━地元の岐阜で働こうと思ったのはどうしてですか?
社会人になってすぐは仕事に専念したかったことが大きいですね。仕事も、生活も、土地柄も、全てが新しく始まることは当時の自分には少し不安でした。働くからにはまずは仕事のことだけ考えたかったです。だから、自分が生まれ育った、知っている土地で暮らし、働くことを選びました。

 働いてから気づいた岐阜の魅力はどんなことですか?
良い企業やメーカーがたくさんあることでしょうか。正直、働くまでは地元企業のことをほとんど知りませんでした。でも、働いてから仕事や研修などで地元の企業の方との接点ができ、こんな企業が岐阜にもあったんだと思うことが多くなりましたね。そのおかげで、自分の視野も広がったと感じています。また、岐阜は車で移動しやすく、親と同居をしている方や、同居でなくても近くで生活している方が多いと思います。その環境は、例えば女性であれば、結婚や出産、子育てをしながら働きやすく、復帰に対して周囲の理解も得やすいことは魅力だと感じています。
地元就職を目指す後輩へのメッセージをお願いします。
岐阜の企業を受けてほしいです。企業を受けるにあたり、その企業をとことん調べることをおすすめします。調べることで、企業の良さがわかり、その企業がある地域のこともわかっていきます。その上で、自分がここなら安心して働いていけると思える場所を選んで欲しいですね。また、先ほども少しお話ししましたが、私は、吹奏楽の経験を通じて、「気づく力」、「人と関わる力」など、社会に出て持っていて良かったと思える力が身につきました。大学では勉強はもちろんですが、その他の活動も経験して、社会で役に立つ力をつけていって欲しいと思います。
〜インタビュアーの感想〜

今回のインタビューを通して改めて岐阜県の魅力に気づくことができました。実際に岐阜県に帰って働いたからこそ地元に対しての気づきがあるなど、お話を聞く上で、Uターン就職のメリットは多くあると感じさせられました。特に自然が豊かで、知らないだけで多くの企業が活躍しており、働きやすい環境が整っているのは大きな魅力だと感じます。岐阜県の魅力を知るからこそ帰って働いてみるという選択肢が増えると思うため、より多くの岐阜県出身の学生にもっと岐阜県の魅力、企業を知ってもらいたいと思いました。

社会福祉学部社会福祉学科 岡田優花